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無礼無花果

2009年11月01日

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「おおい、そこの坊主頭ぁ」
いつもの商店街を歩いてると、どこからか呼びかける者がいる。振り返ったがそれらしき人物は誰もいない。ふたたび歩き始めた。
「そこのぉ、変な赤いズボンの男おぉ」
と、またしわがれた声がする。坊主頭も変な赤いズボンもたしかにおれのことだが、いったいだれだ?
今度は、視界に入るやつは何一つ見逃すものかと、可愛い飼猫に巣食う虱をさがす真剣さで目をこらした。

見つけた。
おれを呼ぶのはてっきり1人だと思っていたが、それは10人、というか10個だった。
5個入りのイチジクが2パック。

お「なんだよ、イチジク」
イ「買えよ」
お「やだよ」
イ「買えよ。2パックで350円だぞ」
お「10個も独りじゃ食べきれんだろう」
イ「買えよ。残ったらジャムにしろよ」
お「やだよ。最近、おれパン食べんもん」
イ「ソース作れよ。豚や羊によく合うぜ」
お「やだよ」
イ「むかしからイチジク好きだろ。買えよ」
お「おまえら、人に頼みごとしてんのに、その命令口調の話し方が気にくわん」
イ「買って下さい」
お「よし。わかった」

文章にすると長いが、この間、わずか0コンマ8秒。
靴やカバンを買うのは遅いが、野菜やくだものを買うのは早い。
ここらあたりじゃ名が通っていて「マッハK」あるいは「ジェットK」(Kはコウジの略)と呼ぶものもいる。

じゃがいも、いんげん、羊肉に赤ブルゴーニュを買い足して、家路へと向かう。
神社の長い階段登ってると、買いもの袋の中で赤紫色のでかいラッキョウみたいなやつらが浮かれ、ざわざわしている。
さわがしいので、おれとイチジク族が最初に出逢った時のはなしをしてやることにした。

じいちゃんの家の裏庭にかつて小さなイチジクの木があった。思い起こせばものすごく幼い頃だ。まだ、漢字で無花果と書くということを知らないどころか、自分の名でさえ漢字で書けぬ、いや、それは、文字さえ書けない遠いむかしのことだった。
だから、このくだものはあっぱれ、おれの人生で最初に登場したくだものだ。ということはそれ以後の記憶や思い出は全部、この果実の香りをしとねとして積み重なっているということになる。したがって、おれがイチジクが好きなのは当然だし、たとえば、パリでガイドのバイトをやってた時、観光客案内して入った百貨店で、衝動的にdiptyque(めっぽう高価な香り付きローソク)のいちじくの匂いを買ってしまったのも、無理からぬことだ。

さて、そこは裏庭といっても、庭というにはあまりに貧相な、母屋と納屋、そのとなりの風呂小屋をつなぐ数平方メートルの空き地だった。しかしどうしたものか、なかなかいい「気」が漂っていた。そこにいると子供のおれは落ち着いた。後年、沖縄は久高島に行き初めて御嶽(うたき)を見た時、なぜだかこの庭のことを思い出した。
風呂は、むかしのこととて、薪や石炭をくべて沸かす五右衛門風呂だった。風呂小屋のとなりを水路が通り、湧き水が流れていた。秋になると、ひんやり冷たいその流れにイチジクの実をもいでつけておき、夕方、風呂に入る時、熱い湯船の中で皮ごと食べた。食べたというより、親か祖父母かに食べさせられた。
夕陽、湯けむり、膝の上、いちじく。一分の隙もなく完璧だ。もしも、ことばをうまく操れたのなら「世界よ申し分なし!」と言ったことだろう。だけどできなかったのでキャキャキャと笑い、傍らの人間を和ませた。
五右衛門風呂もイチジクの木も、じいちゃんもばあちゃんも、もうこの世にはない。というか、今日、市場でイチジクたちに話しかけられるまで、もうずいぶん長い間、それらのことを思い出したことさえなかった。じいちゃん、ばあちゃん、すまん。今度、仏壇に線香あげに行くけん。

イ「おお、なかなかいいはなしやった。それにしても、おまえのじいちゃんちのイチジクは幸せもんや。さぞかし、気持ちがよかったやろう」「冷たい湧き水というのは難しいだろうが、おまえ今晩は冷蔵庫でいいからおれらをしっかり冷やせよ。そして風呂に入った時食べろよ」
お「むう、だから、その命令口調はやめろっつの...」
イ「冷やして風呂で食べてください」
お「いいぜっ!」


今回の曲
We Were Promised Jetpack「 Quiet Little Voices」

グラスゴーの4人組。礼儀正しい感じがとてもして、いっしょにピクニックとかに行きたい気持ちになる。
「 Quiet Little Voices!」と叫びまくるのも、よし。

*お知らせです
けっこうたくさんの作品を載せていただいた小さな本が出版されます。予約すると、デジムナー(デジタル棟方志功の略)シリーズを手ぬぐいにしたものがオマケでついてきます。意外と買って損はないと思います。じゃなくて、できれば、買ってください。お願いします。
詳しくは以下!
http://f-d.cc/books/tenranvol1.php

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