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「ニッポンの嘘」上映会のお知らせ

2013年09月17日

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「なんね、あんた知らんとね、知らんならぜひ見に行かんばいけんよ」
と、姉貴分の友人に誘われて見に行った写真展がとてつもなく良かった。

ピカドン、三里塚闘争、安保、水俣、祝島...戦後日本の状況を現場の最前線で撮り続けてきた報道写真家・福島菊次郎の写真展だ。
彼のことをもっと知りたくなり、会場で売られていたその書き下ろし、3冊の分厚い本を買った。

うち一冊の表紙に白いシャツを着て背中を丸めしゃがみこんでる男と、その男の頬を舐める犬の写真が用いられていた。
男の額も犬の額も、とても深い悲しみを宿していて、「なんという写真だろう」と最初見るなり強く印象に残った。

本を読み進めていくうちにわかったのは、その男が広島に落とされた原子爆弾の被爆者、中村杉松さんであること、福島さんは20年に渡り彼とその家族の生活、家庭が崩壊していく有り様をずっと撮り続けていたということだ。

原爆症による病苦と貧困がいかにすさまじいものであるのか、それを見捨てる行政がいかに血も涙もないものであるのかが力強い筆致で綴られている。

以下、「ポチとの別れ」と題された文章。

 「ある朝、中村さんが暗い庭先で飼犬のポチを抱きかかえるようにして何か呟きながら頭を撫でていた。司君が子犬を拾って帰り、もう三年余り飼っている雑犬だった。
 いつもと様子が違うので「どうしたのですか」と聞いても、中村さんはうつむいたまま返事もしなかった。そばにしゃがんでポチの頭を撫でながら、もう一度、「何かあったのですか」と聞くと、中村さんは急に声を上げて泣き始めた。
「保健所が犬を連れに来るんじゃあ。生活保護を受け取る者は犬も飼えんのんかぁ。若造に馬鹿にされて悔しうてならんよのう。福祉課の奴は人間じゃあないよぉ」と肩を震わせた。生活保護を受けて犬を飼っているのを問題にされ、鑑札を受ける金もないので保健所が連れに来ることになったのである。ポチは自分に迫った運命も知らず、尻尾を振りながら中村さんを慰めるように、涙に濡れた顔を舐め続けていた。
 ポチは中村さん一家の悲惨な生活を慰めてくれる唯一の存在だった。とくに中村さんにとっては、子どもたちに背かれて次々と家出される失意の病床生活を慰めてくれる、かけがえのない伴侶だった。暗い軒下の炊事場にしゃがんで七輪でお茶を沸かしているときも、外の便所に立ったときも、ときたま奥さんの墓や役所に行くときも、ポチはいつも中村さんを守るように後をついて歩いた。
「生活保護家庭に犬を飼う余裕があるはずがない」と決めつけられれば、仕方なくその〈指導〉に従うほかない受給家庭の悲しさと怒りに、中村さんは体を震わせているのだった。
「何時頃連れに来のですか」と聞くと、息を弾ませながら「もうすぐ来るんよ」と、追い詰められたように家の外に目を走らせた。保健所が犬を連れに来る時間が迫っているのだった。
「逃がしましょう」と急き立てて立ち上がると、「それが駄目で、今朝から何べんも追い出して、どっかへ行けと言うて殴りつけても、こいつは馬鹿犬じゃけん、保健所に連れて行かれて殺されるのがわからんのよ。わしがなんぼ言うても逃げんのじゃ」とまた声を上げて泣き始めた。
 そのとき、庭先に音もなく地下足袋を履いた犬捕りが入ってきてポチに近付くと、さっと首に針金の輪をかけ、泣きわめくポチを庭から引きずり出した。前に回って中村さんをバックにカメラを構えると、「写すなっ」と凄い剣幕で睨みつけられ、思わずカメラを放した。
 福祉課が故意に犬を捕獲させたとは思いたくなかったが、むごいことをするものである。犬を飼うといっても、贅沢な飼い方をしているわけではない。いくら貧しくても犬くらい飼えるし、政治や社会から見捨てられた人々にとって、犬はかけがえのない優しい伴侶なのである。世界中どこの貧民窟にも犬がたくさんいるのはその証拠で、貧しい暮らしのなかに犬のいる風景を見ると、僕はほっとして救われたような気持ちになる。
 ポチは暗い庭先に悄然としゃがんだ中村さんの、涙に濡れた顔を舐めている一枚の写真を残して保健所に引かれて行って殺された。その写真を見るたびに僕は、激しい怒りと悲しみが込み上げてくる。中村さんとポチの、やりきれないほど残酷な別れの写真だからである。
 写真集『ピカドン ある被爆者の記録』にその写真をぜひ使いたいと思いながら、締め切り間際に構成から外してしまった。中村さんがその写真を見るたびに悲しむかもしれないと思ったからだった。だが、中村さんが亡くなったいまは、絶版になったその写真集にポチの最後の写真を使わなかったことを後悔している。被爆者の心の傷の深さと行政の非情さを、この写真ほど残酷に物語っている写真はないからである。」
(「写らなかった戦後 ヒロシマの嘘」 福島菊次郎)

ポチと中村さんの別れの写真を、中村さんの生前にはどうしても公には出すことができなかったという福島さん。
そんな彼の性根(しょうね)というものに強く引かれる。
肩書きは同じ報道写真家であるが、(反ファシズムという大義のためとはいえ)自分の名前を売るべく「崩れ落ちる兵士」を発表した当時のロバート・キャパなどとは、個のありようが大きく異なる。

報道写真家の役目というのは真実を広く伝えることだから、おそらくはそんなヤワなことではいかんのだろう。
そんなことでためらっていたのでは、世間のためにならない。
世間のためにはならないとは知りつつも、目の前のひとりの人間を悲しませぬために最後の最後でそれを控えてしまった福島さん。
その心の容貌にとても強くひかれる。

そして思うのは、いかなる権力にも決して屈せず、満身創痍のやせ細った身体を引きずってまでも被写体に向かう報道写真家としての彼の強さ、それを根底で支えているものは、結局はこのやさしさなのではないのだろうかということだ。


さて、そんな福島さんの姿を収めたドキュメンタリー映画「ニッポンの嘘」の上映会と写真パネル展を、知り合い(と友達の中間くらい)がこのたび主催して行うことになりました。
同日、福島菊次郎さんのトークライブも行われます。
(齢90を越えてらっしゃるので体調次第ではありますが...)

期日 9月23日(月)

場所 福岡県春日市原町3-1-7 
   クローバープラザ クローバーホール

料金 大人前売 ¥1.700(当日¥2.200)
   小学生以下 無料(全席自由)

時間 10:00~12:00 映画上映会
   13:00~14:00 菊次郎さんトークライブ
   14:30~15:30 長谷川監督トークライブ

問い合わせ先 伊藤(080-3229-7234)
     尾崎(090-8627-5588)

   
映画の内容などの詳細は以下のサイトをごらんください。

「ニッポンの嘘」

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