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曇り空味のボンボン(1)

2013年09月25日

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10年くらい前、パリはサンマルタン運河沿いのギャラリーで個展をやった。
とても評判になったフランス映画「アメリ」で主人公が石投げしてたとこのすぐ近所だ。

展示して何日かすると、一番大きい絵を買いたい人がいるという連絡がオーナーからあった。
なんでも近所に住むお金持ちで美術品のコレクターらしい。
電話片手に「うよっほーっ」と小躍りしたが、聞けば「現金ですぐに支払うから一割負けてほしい」とのこと。
咄嗟に「申し訳ないがあれは既に売約済みだ」と断ってしまった。

別に格好つけてるわけでも、ゆとりがあるわけでもないんだけれど、何だかいやな気がした。
冬の間苦労して描いた絵を、札束ひけらかしているような横着な人の手に渡すのは気が引けたのだ。(今じゃそんなことしないけど...)

翌々日には、別の人からメールがきた。
会場に置いていたチラシで見るか、オーナーに聞くかしてメルアドを知ったのだろう。

「ひとつ絵を買いたい。しかし個展が終わるまで待てないのですぐに引き取りたい」と書いてある。
まだ始まったばかりで3週間も会期が残っているというのに、そんなことできるわけがない。

まったくパリジャンってのは、どいつもこいつもなんちゅう身勝手なやつらなのだろうと、つくづく思った。

数日後、会場にいると、件のお金持ちがやってきた。
今度は別の、中くらいの絵を買いたいと云う。

話してみると、自分も絵を描くそうで、並んでる絵の感想を長々と語ってくれた。
初対面の人に、このように熱心に自作の絵について批評してもらうのはそれが初めてだった。
己の審美眼に自信たっぷりなところや、妙にくねくねした身振りが気になる他は、礼儀正しい好感の持てる人であった。

大きな絵がよほど気に入った様子で、手に入れることができず非常に悔しがっていた。
けれど今更ほんとうのことも言えず、とてつもなく後悔した。

彼が立ち去ってしばらくすると、もうひとりの”身勝手”野郎がやってきた。
メールではわからなかったが、野郎ではなく、黒髪の美しい女性だった。

欲しいと思う絵は女の子がちょこんと椅子に腰掛けてるやつで、たまたま通りがかりに立ち寄って見てとても気に入ったのだそうだ。
夫婦で古着屋をやって生活していて、絵なんて買うのは生まれてはじめてのことらしい。

貧乏暮らしで一人ではきついので、友人らとお金を出し合って買い、きれいに包んで、夫の誕生日にプレゼントするのだという。

その誕生日というのが2日後なのだ。

そのような訳なら仕方がないと、代金と引き換えにその場で絵を渡すと「メルシー、メルシー」と何度も繰り返した。
そうしてバッグから一枚の写真をとりだした。
「私たちの娘よ...」
見ると驚いたことに、その子は彼女が買ってくれた絵の女の子にそっくりだった。

さっきのムッシュといい、このマダムといい、会って話してみれば心の温かい良い人で、身勝手で横着なのは自分の方だった。

毎日描いてれば、そりゃあ絵は少しはうまくなろうが、人間の方はちっとも上達しないな...とひとしきり頭を垂れた。

azisakakoji

 
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