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向井先輩
2013年10月16日
小3の時、
遠足に持って行くおやつはたしか300円までだった。
昭和の真ん中、がきんちょにとって300円といったらたいそうな額である。
それを一度に菓子につぎこむことができるというのだから一大事だ。
当時のいなか町のこと、菓子の種類も商店の数も今みたいに多くはない。
どこにどんな菓子がどんな値段で売られているのか、子供らはみな一様に通じている。
他人と同じようなものを買ったのでは面白くない。
しかし、食いたいものは皆似通っている。
手持ちの金も菓子の種類も限られている。
どんな菓子を選んで買ってリュックにつめるのか。
与えられた条件の中でいかに己が”おやつ選択”能力を発揮するか...
それは、小学生がまだつるっとした額に皺よせて真剣に考えねばならぬ重大事のひとつだった。
選んだ菓子の内容によって、その人間の器量が計られるのだ。
算数が上手とか、鉄棒が上手とか、ものまねが上手とかいうのと同じくらい、おやつ選びが上手というのは子供に高い価値をもたらした。
このような訳なので遠足の前日は、当日に比べても遜色ないくらいの特別の日だった。
自己を世に認めさせる格好のチャンスとばかり目を血走らせ、小坊どもが駄菓子屋やスーパーを駆け回った。
そんな彼らの熱気で小さな町の夕刻はいつになく大いに活気づいた....
と、その時分の状況説明がずいぶん長くなっちまったぜ、すまん。
これから本題に入ります。
さて、その年(つまり小3の時)の秋の遠足のこと。
どうゆう経緯かまったくもって忘れたが、なぜだか弁当の時間、同級生5、6人に加え5年生の先輩がひとり混じっていた。
秋空の下、わいわいみんなでおしゃべりしながら弁当を食べた。
弁当を食べ終わった。
いよいよ、おやつの時間である。
みないっせいにおやつ袋を取り出し中身を広げた。
「ふん、ふん、おまえは菓子そのものより、おまけを重視したのだな...」
「ほほう、おれも同じやつを買おうとしたが、おとつい入荷の新しく出た味の方にしたぜ...」
「うううっく...箱入りクッキーの一点もので勝負か!」
「けっ、君は勉強はできるがおやつ選びについては劣等生だな...」
「じゅ、十円の駄菓子を30個!!!」
と、こんな風にやってたらなぜか、3年生の中に一人混じってた5年生の向井先輩が、持ってきたおやつを黙って静かに取り出した。
彼は中肉中背中顔中力、勉強も運動も飛び抜けてできるわけじゃないし、服のセンスがいいわけでも、話しが面白い訳でもない。
どっちかといったら目立たない、どうでもいいような先輩だった。
その、どうでもいい向井先輩、
なぜだかひとりだけ3年生に混じって弁当食べてた上級生、
彼のおやつが、すごっかった。
「おおおおおおおーっ!」
「そうか、そんな手があったのかーっ!」
「こういう選択もありなのかああああ...」
「5年生というのはなんて大人なんだ」
「ううううう、うまそうだーっ」
「おみそれしましたーっ」
そこに居合わせた3年全員がほんとうに感心してしまった。
ほんとうに感心してしまったので、その出来事だけで、その先輩の名前も顔も、今だにはっきりと憶えている。
そうであればこそ、わざわざこの機会にこうして彼のことを書いているのだ。
向井先輩は、なんと「さんまの蒲焼きの缶詰」を、”おやつ”として持って来ていた。
持参した缶切りでゆっくりと開けて、指で摘んで、あーん、ぱくん...
そりゃあうまそうに食べた。
その様子をぽかんと口開けて見つめながら、自分らの手にするチョコやクッキーやポテトチップスが、ものすごくちゃちなもの見えてしまった。
向井先輩についての想い出はそれだけだ。
彼の、缶を切る手つき、手元を見るまなざし、さもおいしそうに頬張る表情、いまでもありありと思い出すことができる。
けれど、それ以前も、それ以後も、彼についての記憶はまったくもって残っていない。
今頃どこでどうしてるんかなあ...
おやつ選びの才能は彼の人生の中、どこかで役にたったんだろうか...
さんまの蒲焼き缶詰食べる度、そうでなけりゃあ、ちょっとした機会、こんな風にひょっこりと彼のことを思い出す。
思い出したら、こころの端っこに花が咲く。
美しくもないし、香しいわけでもない、向井先輩と似た、どうってことのない花が咲く。
どうってことない花なんだけど、その花びらで、こころはやさしく撫でられる。