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人魚の女王
2014年05月24日
いつも通ってるプール。
まず一番手強いのは、つうか、はなから勝負にならないのが、現役の水泳選手だ。
こいつらは、たいてい2~4人でやってきて一コースを占領すると(彼らにその気はなくとも、素人連中はその分厚い肉体を見るなりコースを明け渡してしまう)、ビッシャンバッシャンと小型の水生恐竜みたいに重たい水しぶきを上げて延々と泳ぎ続ける。
ひと掻き、ひと蹴りが、でっかい大砲みたいに強力で、ドーンドーンと轟かせながらがらあれよあれよという間に先へ進んでいっちまう。
まるで脳天にピンと張った厚さ50ミリ幅15センチくらいの巨大なゴム紐がついていて、向こう岸へグググイーッと引き寄せられてるみたいだ。
こういう輩とはけっして張り合わない、張り合いようもない。
さて次に難敵なのは、元水泳選手だ。
50や60とかのいい年なのに、お腹も弛んでなけりゃあ、腰も曲がっちゃあいない、しわくちゃで痩せこけているわけでもない。
目が光ってて歯が白く、胸や腕周りの筋肉は長州力みたいにパンパン...生涯アスリートっていう感じのおっさんたちだ。
オリンピックとはいかないまでも、国体とか大学選手権とかで名を馳せたような面々で、彼らもまたとてつもなく速い。
年寄りだからって見くびって隣のコース、横に並んで同じくらいの速さで泳いだりすると、泳者魂みたいなものに火がつくのか、いきなりスピードアップ、あっという間に離されてしまう。
こちとらは、「むかし部活で少々泳いでました...」って言う程度...格が違うのだ。
したがって、こういう連中も遠目に見て放っておく。
さて、放っておけないのが、三番目にタフなやつらだ。
どんなやつらかと言うと...おっと”やつら”なんていったらビート板で張り倒されてしまいそうだけど、それは元水泳選手であった中年の女性の方々だ。
もう、なんつうか、ブリブリしている。
別に聖子ちゃんカットしてカワイコぶりっ子してるわけではなくて、その体躯がブリブリしている。
服着てたならば、おそらく一見はごく普通の中年太りのおばさんなのだろうが(幸か不幸か水着姿しか見たことない)、脱いだらすごい。
その身体の厚みは脂肪じゃなくて筋肉で、(ないしは脂肪だけじゃなく筋肉にもよるもので)たいていは浅黒く、色の派手な変な模様の(幸か不幸かけっこうハイレグな)競泳水着を身につけている。
おしゃべりしながらウォーキングしてる、「お化粧落ちるから顔はつけないのよアタシ」風の、ランニングに短パンみたいな水着の女性たちとは明らかに種が違う。
さて、このブリブリ連中が、目下のおれのライバルだ。
先に紹介したやつらほどではないにしろ、彼女らもまた速い...
速いけど、しかし、勝てない相手ではない。
ブリブリ10人いたとすると8人には勝つことができる。
こちとらだって、長年泳ぎ続けてる身...そう捨てたものでもない。
しかし、それはあくまで、彼女らが非武装であった場合に限られる。
そう、一番のライバル、宿敵とも呼べるもの...
それは、足ひれを装着し、数倍に馬力アップをはかった元水泳選手のおばさんたちだ。
彼女らはまるで人魚みたいに(「あ、人魚、すまん...」)、すううーっと、水中を駆け抜けていく。
彼女らのトップスピードとおれのそれが、まったく同じくらい。
その日の調子の良さによって勝負が決まる。
二日酔いが残ってたり、寝不足だったりすると負けてしまう...
相手は、ズルしてるとはいえ、女だし年上だし、負けるのは非常にくやしい。
泳いでる最中に人魚おばさんが登場すると、思わず張り合ってしまう。
延々2千メートルくらいバトルが繰り広げられる。
ビート板使ってのバタ足は完全にこちらの負けだ。
平泳ぎは、ほぼ互角。
クロールならば5戦してこちらの3勝といった感じである。
調子が悪いのを無理して、うっかり足がつっちゃって途中棄権なんていうことも、ごくたまにある。
そんな時は痛いの我慢して、敵に悟られないように「今日は忙しいから長くは泳がないんだよね...」ってな感じで、さらっと軽快にプールから立ち去る。
そいでもってシャワー室で「ううう、いててて...」っと足を伸ばし、マッサージする。
昨日はそんな日だった。
バトってたら両方のふくらはぎと足の指がつってしまった。
さりげなく水から出ると、敵の視界に入らなくなってから、代わる代わる伸ばした。
なんとか”つり”がおさまったので、「もう大丈夫」と安心し、着替えてジムを出た。
階下にあるスーパーに行って夕飯の買い物をすることにした。
魚を選んでたら、やばい、また来た...
右のふくらはぎだ。
「あたたたたーっ」っと買い物カゴを床に置くと、その場で中腰になって足を伸ばすはめになった。
周りの人が、変な目で見たけれど背に腹は変えられない。
そうやって伸ばしながら、自嘲した。
自嘲し、且つ、次回は入念に準備運動やってから勝負に臨もう、と固く誓った。