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塩さば定食とキャラメルマキアート
2014年06月21日
おもむろに彼女は話し始めたんだ。
あなたはよそ者なんでよく知らないでしょうけど、ここら辺はコロヒョンスキー公爵の土地よ。
今世紀のはじめにロシアからやってきた貴族で、とってもお金持ち。
今日は彼の一番末の娘ラーメルの結婚を祝う宴が催されたのよ。
それは盛大なパーティで、この国の有名人、各界のお偉いさんたちがいっぱい顔を並べてたわ。
で、ね、わたしは、そこで歌わされたの...
ええ、この国じゃあ、あたしこれでも、ロックスターなのよね。
ヒット曲もたくさんあるし、いろんな賞ももらってる...
「そんなあたしがこんなとこで何やってるのかって?」
ええ、まあ、聞いてよね、実を言うとさ...
今日突然、歌がうたえなくなっちゃったの。
こんなこと生まれて初めてなんだけど...
見ての通り、声がでなくなったってわけじゃないのよ。
それに、金持ちの脂ぎった連中を前にして歌ったから、そんなのに嫌気がさした、っていうのでもないわ。
あたしどんな人が観客であろうと気にしない...
理由はあたしもぜんぜんわかんないの、とにかくいきなりそうなったの...
コロヒョンスキー公爵の広い庭園には、りっぱなステージが組まれてたわ。
そこに上がって歌ったのよ。
あたしの目の前には、晴天の下、ドルネオス山がくっきりと見えた。
ほら、すごく天気が良かったじゃない?
青空の真ん中を鋭いナイフで深く抉ったみたいに、くっきり...
まるで山の形をした真っ黒な穴があいたみたい...
あたしの歌は、歌うはなから、全部その穴に吸い込まれていってしまったの...
聞いてる人の頭の上を通り越して、ひゅうううって、その真っ黒い闇の中へ...
全部の曲を歌い終えた時には、あたしの中から歌がすっかりなくなってしまっちゃったわ。
アンコールに答えようとしても、それっきり、歌がもうぜんぜん出て来ないの...
それで、あたしはステージを下りるなり、そばに繋いであった馬を駆ってドルネオス山を目指したわ。
消えちゃった歌を探しに...
裾野から中腹へ、そしてあてどもなく山の奥へ奥へ...
日が暮れ霧がたちこめて、視界がおぼつかなくなってきちゃったけど、不思議と平気だったわ。
ちっとも不安になんてなんないの...
ひんやり湿った空気が心地よくて、あたしは少しまどろんで...
気がついたらこの湖畔に辿り着いていた...
いつのまにか頭の上には大きな月が出ていたわ。
水面の上を月の光が踊って、チラチラチラチラ、それはきれいだった。
で、ね、なんとその光が見る見るうちに音に、そして歌になっていったのよ、新しい歌にね!
あたしびっくりして、うれしくて、溢れ出るままにうたったわ、何時間もひとりで...
気持ちよかったぁ...
そんな時に、薮の中から見窄らしいなりをした男が現れたの...
「見窄らしくて悪かったな!」
「つうかさ、おまえ、よっくそんなヘンテコな作り話、すらすら思いつくよなーっ、感心するよ、ほんと」
「だってさ、この店の壁紙って、なんか、そんな感じじゃない?」
「ま、まあ、たしかに水辺の風景ではあるよな...」
「で、何注文する?」
「あ、あたし、塩さば定食!」
「え、食うんかよ?さっきドーナツ3個も食ったじゃん。飲みものだけかと思った...」
「いいじゃない、お話作るとお腹がすくのよ、で、あんたは?」
「ああ、おれはキャラメルマキアートかな...」
「何とぼけたこと言ってんのよ...こんな田舎の年寄り夫婦がやってる定食屋に、そんなものがあるわけないじゃないの」
「あるさあ」
「え?」
「あるさあ、なあばあさん?」
「ええ、あるよー、キャラメルマキアートだろ?」
俺と彼女は、びっくりしたなーっ。
でさ、さらに驚いたことに、よぼよぼじいさんとばあさんが作る塩さば定食もマキアートも、すっごくうまいんよね!
と、いう感じの絵です、今回は。