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じいちゃんのシチュー

2014年12月19日

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箱崎という名の町に引っ越した。
5年前のことだ。
住み始めてしばらくしたら、「古いビルの一角に空いてるスペースがある。そこで何かやってみないか?」という申し出があった。
少し考えて、箱崎だから、箱屋さんをやってみようということになった。
木製の箱に絵を描いて売るのである。

どうせ描くなら、上等の箱にしようと思った。
近所に伝統工芸である”曲げわっぱ”の老舗があったので、土台となる箱はそこで揃えることにした。
なかなか高価なものだが、どうせやるなら、いっぱしの”工芸品”を目指したいと思ったのだ。

さっそくためしにいろんな大きさのものを3個買ってきた。
木目がとても美しい。
ヒノキのいい香りもする。
作業机に並べ、水を汲んで来て、下地塗り剤の蓋を開け、筆をとった。

筆をとってはみたものの、下地を塗ることが、どうしてもためらわれた。
その木目以上に美しい絵を描けるとは思われなかったからだ。
それで、絵箱の土台に”曲げわっぱ”を使うのはやめにした。

ネットでさがしたら、その上に彩色されることを前提として作られた白木の箱が、たくさん売りに出されていた。
それをとりよせた。
けして上等の箱ではないけれど、そこそこしっかり作ってあり、値段も手頃だった。
これでいくことにして、制作を開始した。
平面であるキャンバスとは異なり、6面もある立体で、最初は構図を決めたりするのに戸惑った。
けれども慣れてくると、平面にはない面白みがたくさん見出されて、描くのが楽しくなってきた。

一月で、20個ぐらい完成したので、ニスを塗って、店(”鰺坂絵箱店”と名付けた)へ並べた。

店は週末のみの営業だった。
奥の机に座り、パソコンイラスト仕事しながら店番をしていると、どこから聞きつけてきたのか、ぽつんぽつんと人がやってきた。
そして、ぽつん、ぽつんと、ちょっとずつ売れていった。
売れてなくなったら、なくなった分を追加して、常にだいたい20前後の数があるようにしておいた。
こうして、ほぼ2年間、箱屋さんをやった。
最初から2年と決めていたのだ。

若い人、歳をとった人、若くも老いてもない人、いろんな人が訪れた。
中で一番の年寄りは、開店して最初の冬、とても寒い日に突然やってきた、知らないばあちゃんだった。
何枚も何枚も重ね着をして、左手に頭陀袋、右手で杖をつき、はあはあ息を切らしながら2階へ登ってきた。

そのばあちゃんの話しを、彼女が来た後しばらくして、この場に書いた。

「ばあちゃんの女の子」


以下はその続きだ。

”白いワンピース着た女の子”が描かれた箱、その箱を、他のものには眼もくれず、買って帰った見ず知らずのばあちゃん。
「あたしは名乗るようなもんじゃなかけん...」と、名前も連絡先も残さずに、握手だけして帰っていった。

そのばあちゃん、後ろ姿を見送りながら、「もうこの世では会うことないやろなぁ...」って勝手に思っていたのだけれど、ちょうど一年経った頃、またひょっこりやってきた。
今回もなにやら沢山入った頭陀袋をさげていて、顔を見るなり中から「はい、お土産」といって、丸ボーロをとり出した。

それで、お茶を入れ、ソファーに座っていっしょに食べることにした。
ちょっと寒そうにしてたので、ストーブを近くに引き寄せた。

「子供が4人おるとやもん」

「はあ...」

「上のふたりは、けっこううまくいっとるごたる。下の二人はまあまあ...」
「その子らから毎年、お年玉ばもらうと」
「お金もっとる二人からは1万円ずつ、もたん子からは図書券...」
「2万円はとっとって、好きなもんば買うと」
「去年、箱買ったやろ?それはそのお金ば使うたと...」

「わあ、そがんですか...」

「うん、そいでまた今年もお年玉握ってきたと」

「わあ、そがんですか...あの、もう、どいでもよかですけんね、どいでも好きなやつば持って行ってください」

「ええ、そげなあ...」

「よかって、よかって、そがん、もったいなか...お年玉ば、こがんとに使うて...」

「ああ...そいじゃあ、まあ、ゆっくり見させてもらおう...」

前回、「白いワンピースの女の子」だけに集中したのとはうってかわって今回はばあちゃん、ひとつひとつ手に取っては、ゆっくりゆっくり見ていった。

そうしてしばらくすると、紅を背景に裸婦が描かれたシリーズの中から2点を選び、持ってきてテーブルの上に置いた。
その一方に、そっと触れて、
「これが一番良かばってん、高かけん...」
続いてもう一方に触れ、
「こっちかなぁ...こっちもよかもん...」

「おお、ばあちゃん、好いとる方にしいよ、遠慮せんで、好いとる方に...」

「ああ...そいじゃ、悪かばってん、こいにすっけん」

と、高い方の箱をさしだした。
そうしてばあちゃんは一安心したのか、「ほう」と一息ついて座ると、残ってたお茶をひと口すすった。

そいでもって、ぼそぼそ話しだした...


うちのじいちゃん(つまり彼女の夫)は、10年前になくなったとやもん。
仕事ばっかりで、あんまい話さんで...
プレゼントとかも、何もしてくれん人やったけん、なんにも残っとらん...

ただ、豚のもも肉、あれが塊で、ときどき安く出る時があっとですよ。
そん時は、おっきか塊ば買うて来て、シチューば作ってくれらした。
子供らもそいが好きやった...

シチュー作らすときは、わたしは何もいっさい手伝わんとやもん。
手伝わせてくれらっさん。
買いものから何から全部、ひとりでさすと。
赤ワインば入れらすけん、白うなかと、茶色のシチューたい。
こいが、おいしかったー、子供らおかわりするけん、たくさん作らして...

レシピとかは、なかとやもん。
頭でおぼえとらすと。
やけん、あたしは、ある時、作いよらすとば横で見とって、作り方ばこっそりメモしたっちゃん。

そのメモだけが、残っとる、ずうっと、とっとる。
これだけ、あん人の形見。

去年、ここで箱ば買わしてもろうたろ?
白か服着た娘さんの...
中に何ば入れようかと思うて...

そのシチューのメモば入れとる。


それを聞いて、ああ、絵箱を作ることにしてほんとうによかったと思った。


azisakakoji

 
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