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顔見知り

2015年12月08日

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「127 rue du faubourg du temple」っていうのが20代の半ば4年間を過ごした番地だ。
パリの10区、ベルヴィルと呼ばれる地区にある。
なんで、そこに住まうことにしたのかというと、移民がたくさんいて雑多で面白そうだったから。
それに家賃が安かったから。

6階の屋根裏、エレベーターなし。
中庭では四六時中、アラビア語に中国語に、ポルトガル語、いろんな言葉が飛び交いこだましてる。
食事時になると、クミンとゴマ油と甘い焼き菓子みたいな匂いが混じり合い、天空に立ちのぼる。

住み始めてしばらくして日本から両親が訪ねてきた。
空港からのタクシーを降りるなり開口一番「ここはフランス人はおらんとか?」と真顔で質問してきた。
だって近所で目立つ看板っていったら仏語より中国語やアラビア語の方が多い。
歩いてる人種だって、北アフリカやアジア系ばかりだ...
しかし、父さん、彼らもフランス人だぜ。

時は80年代。
日本はなにやらお金が溢れてたみたいだけど、こっちはけっこう貧乏で、フランス語の学校に通うかたわら、いろんなバイトをやって食いつないだ。
皿洗いやバーテンダー、古着の買い付けや観光ガイド...
時々、日本から友人知人が訪ねてきた。
彼らは一様に高いものを身につけて高いものを食べて高いものを買いまくった。
そんな同国人になんとなくなじめず、違和感をおぼえた。
その一方で、”貧乏暮らし”のアラブや中国の人たちに、親近感をおぼえた。
日頃顔を突き合わせ、似たような暮らしをしてるのだから当然といえば当然だ。
日本からの客を、いわゆる”パリっぽい”オペラ座界隈やサンジェルマンなんかを案内して夕方、自分の移民街にもどると、ほんとうに、ふうっと安心した。
今でも、自分の半分は長崎で生まれ、もう半分はこの街、ベルヴィルで生まれたと思っている。

住んでるアパート、通りに面した入り口のとなりには仏語で”épicier”と呼ばれる日常品の小さな店があった。
こんな店が街のあちこちにぽつんぽつんと点在してて、コンビニのないこの国でその代役を担っていた。
アラブ人が営んでることが多いので、フランスでは、そんな店のことを(たとえ、中国人やスペイン人がやってても)”アラブ”とおしなべて呼んでいた。
(ちなみにベルギーではパキスタン人がやってることが多いので”パキ”と呼ぶ)

”アラブ”の大きさは様々で、いくつもの棚が並び立派な冷蔵庫を備え、生鮮食料品から雑貨まで幅広く売ってる小振りのスーパーみたいなものから、露天商に毛が生えたみたい、軒先を借りて日用雑貨だけを売ってるような店までいろいろあった。
我が家の”アラブ”は、その最も小さい部類のやつだった。
間口2メートルにも満たない場所に所狭しといろんな雑貨を詰め込んで、ぶら下げて、朝早くから夜遅くまで営んでいる。

ある日、鍵を持たぬまま外出してアパートに入れなかったことがあった。
住人の誰かが来るのを待ってたんだけど、しばらくしても誰もこない。

すると、「ムッシュ、鍵忘れたのかい?」と声がする。
振り返ると、店主が身を乗り出してこっちを見ている。

「うん、そうなんよね...」

「おれが開けてやるよ」

「おー、鍵もってるのかい、ありがとう、助かった...」

翌日、”きのこの山”か”たけのこの里”か忘れちゃったけど、部屋にあった日本のお菓子をお礼にもっていった。
その時、互いの身の上話しを少しした。
彼はモロッコ人で二人の子持ち、親戚頼ってパリに来て四半世紀が経つそうだった。
それから、目が合うと挨拶するようになった。
電池や電球やガムテープが切れた時には売ってもらった。
湾岸戦争の頃だったので、それについてもちょっぴり話したという気がする。

それから20年くらいたったある日のこと。
パリ暮らしの後は、福岡10年、ブリュッセル4年、長崎4年と住んで、福岡に暮らし始めて2年が過ぎた頃だ。
友人から「九州に唯一のモロッコ料理の専門店ができたけん、食べにいかん?」と誘われた。
おお、久々に本場のタジンとクスクスやんっ!と、喜び勇んで出かけて行った。

縁あって日本人の女性と結婚し、その郷里に住まうことになったモロッコ人の店主、彼が作る料理はどれもうまかった。
言っちゃあ悪いが、小洒落たフランス料理店で出されるクスクスと違って、身にしみる。
なんというか「おふくろの味」がする。
食べてて、しみじみ、温かな心地になるのだ。
店主とフランス語でこの店を開くにいたったいきさつなんかを話した。
もちろん、パリで顔見知りだった、彼と同郷の雑貨屋の話もした。
とても楽しかった。

食べ終わってアラック(ペルノーやウーゾみたい、アニスの香りがするアラブの蒸留酒で、透明だけど水を注ぐと白く濁る)を飲んでたら、店主が「へっへっへ...」という感じの笑いを浮かべながら近づいてきた。
見ると手に長い布地を持っている。
「あんた、おれの国の北のほうに住んでるやつらに顔つきが似てるんだよな...」って言いながら、その布地をとっても慣れ親しんだ見事な手つきで、おれの頭にしゅっしゅっと巻いていった。

仕上がると、いっしょに行ってた友達連中が、いっせいに「わあ、似合う、似合う!」と歓声をあげた。
窓ガラスに映ったターバンを巻いた自分の姿を見た。
「おお!」確かによく似合っている。
それでなんとはなしに嬉しくなった。
と、同時にこう思った。

今は絵だけを描いて売って、それでどうにかこうにか暮らしているが、もしうまいこといかなくなって路頭に迷いはじめたら、その時にはモロッコへ行こう。

きっと歓迎されるはずだ。

今回の曲
「Lik」Oum
モロッコの歌姫、OUMさんの歌です。

azisakakoji

 
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