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山本作兵衛さん その1(フーコー温泉)
2016年09月14日
もう20年位前くらいになるけど、福岡は中央区の桜坂ってとこに住んでた時、近所に地方出版やってる小さな会社があった。
そこの社長さんと、さる飲み会で知り合ったので、ある日散歩がてらに遊びに行った。
扉開けて入ると、狭い部屋に六つくらい机が並んでて、いたるところに本がめしめし積まれてあった。
隣の応接室みたいなとこに招かれて、お茶を飲んでしばらくおしゃべりをした。
つい最近出版した本の中に「逝きし日の面影」っていうのがあり、西部邁も筑紫哲也もその本を読んで感涙にむせんだ。
文学でもない、こういった類の本で、右も左も(思想的に右側と呼ばれる人も、左側と呼ばれる人も)感動させるのは大したもんだ。
というようなことなんかを話してもらった。
話し終わって席を立ち、事務所を通って入り口の方に向かおうとしてたら、誰かに後ろから肩をぐいとつかまれた。
振り向いたら、それは人ではなくて、分厚い本だった。
背表紙に、山本作兵衛畫文「筑豊炭鉱繪巻」と記されている。
「なんだこりゃあ...」
「すみません、ちょっとこれ見せていただけますか...」と手にとって開いてみた。
「うわぁ...」
腰が抜けるくらいびっくりした。
あわてて最寄りの郵便局に行き、お金を下ろし、売ってもらった。
1割引いてもらった。
数年後、うちに遊びに来た在日数十年のフランス人の男に見せたら「マーニフィック!」とか「ジェーニアル!」とか、仏語感嘆詞連発しながらひどく感激した。
あげくのはて、「ゆっくり家で見たいから貸してくれ」と頼むので、仕方なく貸した。
以前彼から「極私的エロス・恋歌1974」という原一男のドキュメンタリービデオを無理言って貸してもらったり、生まれた子猫を一匹引き取ってもらったりした借りがあるので断れなかったのだ。
(そのあとすぐにベルギーへ引っ越したので、返してもらう機会を逃したまま、新たに出た復刻本を買うはめになった...)
このフランス人、兵役の代わりか何かで学生時代に日本に来て、そのまま居座っちゃったんだけど、すごくいい話がある。
(話が本筋から逸れてすまんけど、せっかく彼のことひさびさに思い出したので)
彼がまだ若く、日本に来て間もない頃、日仏協会(もしくは日仏学館)から電話がかかってきた。
「今度、パリからさる大学教授がやってきて講演するんだけど、その人の観光案内をやってくれないか」という用件だった。
「私らには初めて聞く名だが、君は読書家みたいだから、ひょっとしたらこの先生のこと知ってるかもしれん...」
暇だし、バイト代も出るし、喜んで引き受けた。
引き受けて、その先生の名前を聞くと、担当者が言った。
「ああ、たしか、ミシェル...ミシェル・フーコーっていってたな...」
「セパブレ...!」
(セパブレってのは、「えーっ!まじ...」っていう仏語です。)
で、ミシェル・フーコーっていったい誰やねん?というと、フランスのすごく有名な哲学者です。
彼と”フーコーさん”は会ったその日に二人して(誰が望んだか知らないけど)長崎の平戸へ行った。
教会なんかを見て歩き、いっしょに温泉にも入った。
そのあと街中の喫茶店に入った。
コーヒーを頼んだ。
コーヒー飲んでると、少し離れた席に座り、さっきからこっちをチラ見してる青年がいる。
と、やおら彼がこちらに近づいてきた。
そして、尋ねた。
「あの、失礼ですが、ミシェル・フーコーさんではありませんか?」
フーコーさんは、とても驚いた。
とても驚くとともに、いたく感激した。
「パリのサンジェルマンだって、大学を一歩外に出たら、私に気がつく人など誰一人いやしない。だのに、こんな東の果ての島国の、そのまたちっぽけな島のカフェに、私のことを知ってる人がいるなんて...!」
と、まあ、思い出したいい話というのは、これだけなんだけど...
フーコーさんはその何年か後にエイズで他界した。
当時まだ二十代だったフランスの友人はイヴェント関係の仕事しつつ、たくさんの孫に囲まれ幸せに暮らしてる。
平戸の喫茶店の青年は今どこでどうしてるんだろう...
生きてりゃ六十代半ばだろうけど...
ところで、そんな話を聞いた年の末、里帰りのついでに、さっそく同じ温泉に行った。
その湯に浸ると賢くなるという気がしたからだ(笑)
以来、何度か訪れて、その温泉のことを我が家では”フーコー温泉”と名付け、慣れ親しんでいる。
「あんたの文章わりといいね」とごくたまに褒められるこんな文章書けるのも、子供らの学業がそこそこうまくいってるのも、きっとこのフーコー温泉の効能だと思う。
あ、知らぬ間にたいそう話が横道に逸れてしまった。
今回は、山本作兵衛さんについて、話をしたかったんだった...
長くなちゃったので、それはまた今度の機会にします。