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エタベックブルー

2010年01月30日

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ベルギーに来て幾日かが過ぎ、年が明けるとちょっぴり寒さが和らいだ。雪が溶け始め通りが黒く澱んでくる。歩くとぐっちゃぐっちゃで不愉快になってしまうので、あんまし外出する気が起こらない。しかしその晩は友人宅に招かれていたので、泥雪の深みにはまらないよう、右へ左へとぴょんぴょん跳ねるようにしてトラム(路面電車)の駅へと向かった。今回一足だけ持参のお気に入りのスニーカーが中の踵のとこまでぐっちょりになる頃、彼らの家に着いた。
ワイン飲みながらひとしきり話した後、レンズ豆のグラタンを食べた。熱々でたいそううまかった。ところであんまし大切な事ではないけれど、フランス語ではレンズ豆もコンタクトレンズもどちらも”lentille”という。なので、「しまった”lentille”落とした!」と言うと、落としたのがコンタクトか豆か判別がつかなくて困る。ついでに言うと、サラダで食べるアボカドも裁判所にいる弁護士もどちらも同じ”avocat”なので、発音する度に変な感じがする。
さて、会わないでいた1年半分の話しを次から次にやっていて気がつくとトラムの最終が出そうな時間になっていた。半乾きの靴履いて「そいじゃあまた来年か再来年なー」と抱き合いビズして(言うまでもなくこちらの人々は、会ったり別れたりする度にビズ(キス)し合う。)停留所へといそいだ。
歩き始めると間もなく、こめかみから首すじにさらさらさらさらと流れ落ちてくるものがあるのに気がついた。そんな感じ今まで経験したことないので何かしらんと夜空を見上げると、街灯にほんの小さな白い粒が無数に照らし出されている。雪にしてはあまりに細かいが、かといって霰(あられ)でも雹(ひょう)でもないだろう。ともかく九州育ちのおれがまだ知らぬ雨冠のついた何物かに違いない。それがあとからあとから落ちてきては坊主頭をやさしく撫でている。いったいなんだろ、このさらさらした粉状のものは?
「ああ、そうか...ははは」生まれて初めて見る粉雪だった。

翌朝目が覚めると、溶け始めた雪で濁ってた街がまた真白になっていた。しかし、なんか普段と違う。
いつも目にする積雪の光がキラキラまばゆく輝く蛍光灯なら、今朝積もった雪が放つ光はおだやかで白熱電球みたいだ。いつもの雪の白がパソコンの画面で見るよな白だとしたら、昨晩降った雪が積もって作る白は、古い8ミリフィルムで見る白みたいだ。
つまり、雪の肌が普段見知ったものよりもっとあたたかで柔らかい感じがする。水でこねて上等のシフォンケーキができそうだ。
粉雪っていうのは、なんとふんわかしてるものなのだろう。
まあそんな具合なので、通りは純白で上等のカシミアセーターまとったみたい、停まった車はきちんと整列してる大きな白猫のようだった。

上機嫌になり朝ご飯食べたらすぐ、その白猫らの背中を手のひらでパンっとたたいて雪の粉舞い散らせながら、地下鉄の駅へと向かった。プールへ泳ぎに行くのだ。初泳ぎはやっぱ、こんな特別の日じゃあなきゃあ納まらんやろうと思った。
今回の滞在中は過去に通い慣れたプールじゃなく、意を決して雰囲気がいいと評判の新しくできたプールへ行くことにした。
スタバ同様、プールは世界中どこいったってそれ自体は同じだ。(たいていは大きな四角い箱に水が溜めてあり、縦にロープを渡すことでコースに仕切られている。そのコースを左回りに泳いだり歩いたりする。)しかし、その四角い箱にたどり着くまでがそんなに簡単ではない。プールごとに独自のしくみというか作法みたいなものがあり、慣れないととまどってしまう。今までけっこういろんなとこで泳いでるんだけど、おおかた最初の場所ではうまくいかずあたふたしてしまう。

そのプールは街中から幾分離れたなじみのない地区にあった。トラム乗り継いで近くまで来たはいいが見つからないので登校中の小坊つかまえ「おはよっ、プールどこか教えてくれ」と聞いた。すると、「ああ、エタベックね、それなら、あそこ左曲がったとこ」と指さすのでその方に向かった。向かいながら、ああ、そうやった、ここベルギーでは市民プールに”カリプソ”だとか”マリブ”だとか名前をつけ、その名で呼び習わしてるのだということを思い出した。このプールの名はエタベックというわけだ。エタベックよ、どうかおれをすんなり泳がせてくれよ。

中へ入り階段のぼるとエントランスホールがありその奥に受付らしきものが見えた。どこにも券売機はない様子なので、入場券は受付で買うのだろう。近づくと髪の短いジョニ・ミッチェルのような女の人が爪の手入れをしていた。このような場所ではたいてい、ベルフラ人(ベルギーやフランス人)は自分の仕事以外のこと(おしゃべりとかクロスワードパズルなんか)に熱中してるので、じゃましてごめんねという感じで、「ボンジュール、大人一枚お願いします」と声をかけた。すると目は爪を向いたまま「地区内?」と聞くので「地区外」とすかさず答えた。以前、どうせばれやしまいと何サンチームか得したいばかりに「地区内(に現住所がある)」と答えた結果、滞在許可証の提示を求められたので今回は正直で通した。言われるがまま3ユーロ払うと、ぼんっとプラスチックでできたカードを渡された。
「ははん、最新ってったって前通ってたとこと同じだな...」このカードが今日ここに入ってから出るまでのおれのパスポートとなるわけだ。つまり、このカードを機械に通して入場ゲートを通過。通過したら出てきたカードを受け取り、更衣室へ。水着に着替えたら、脱いだ服やバッグを持って行ってロッカーへ入れる。個々のロッカーにはカードの挿し入れ口があろうから、自分のカードを挿して鍵を閉める。鍵を足首に巻いてシャワー浴びたら、あとはすいすい泳ぐだけだ。泳ぎ終えたのなら、今の手順を逆にやれば無事、泳ぎ初め終了だ。
「無愛想なジョニ~、そんなんじゃモテないぜベイビー、ラララ~」と鼻歌うたいながら、シュタッとカードを機械に通しクルっと回転扉抜けて第一関門突破。サッと出てきたカードを受け取り、サッと出てきた...あ、う、カードが出てこない。というか、カードの排出口が見当たらない。一般的には、挿入口の反対側に排出口があるはずなんだけど...しかし、ここはベルギーで、ジョニが住む土地だ、おれの中の”一般的”は通じない。それで、ひょっとしたらカードは長い滑り台みたいなものを通過して三方にある壁のどこからか出てくるんじゃあなかろうかと目を凝らす。が、それらしきものもない。やや不安になる。いや、まてよ、そうだ、奥のドアを開けて更衣室に入って、そこでカードを受け取るのだ、さすがに最新式は違うぜ、と納得して扉を開けた。
更衣室は見慣れたものだった。長方形の部屋の真ん中に左右に扉がついた着替え用の個室が並んでるやつだ。こちらから入って水着に着替え、あちら側からでる仕組みだ。しかし、カード取り出し口が見当たらない、ロッカーはどう使うんだろ?あ、掃除のおじさんがいる、聞いてみよう、とあちら側に渡ったら、「ムッシュウ!チッチッチッ」と人差し指立て怒られた。うわ、なにか間違えたのか?とびびってたら、メトロノームみたいに揺れてた人差し指が今度は足元を指した。ああ、そうかあちら側は土禁なのだ。「今きれいに拭いたばっかりなのに、新参者めが土足で歩きやがって」というような形相で睨んでる。「いやあ、初めてなもんで申し訳ない。ところでロッカーはどうやって使うんですか?」と謝りかつ尋ねた。すると「1ユーロ!」とまた人差し指を立てたので、ああ、そうかカードじゃなくてコインを使うのだなと合点して、「メルシ!」と礼を言い足早に個室に入った。すでに五百泳いだくらい疲れてしまった。
が、へこんでたって仕様がない。気をとりなおすとすばやくベルプル用(ベルギーのプール用)にと新調したオーシャンブルーの海パンに着替えた。間髪入れずに脱いだ衣類や靴、バッグをてきぱきとまとめ、右端の一番上の51番のロッカーに放り込む。そしてサっと財布から1ユーロ取り出し、サっと財布から1ユーロ...う、げ、1ユーロがない...
それでオーシャンブルーのまま回転扉から外へ出て、まだ爪やってるジョニに頭下げ両替してもらわねなければならなかった。が、当然のごとく彼女は小銭を切らしている。めんどくさそうに併設のカフェに両替しに行った。そしたら彼女と入れかわるように、中学生の団体が体育の授業でどやどやと入って来た。
エントランスホール。無人の受付。海パンいっちょうのアジア男がひとり。
ジョニはなかなか戻ってこない、中坊らがクスクス笑いながらこちらを見る...

まあ、そんな若干しんどい出来事があったものの、シャワー浴びて軽く準備体操しプールサイドへ出たとたん、すっかり忘れてしまった。どこもかしこも新しくてピッカピカ、水は透き通り泳いでる人が宙に浮いてるみたい。しかも早朝のことで人は少ない。「ジョニ~、ジョニジョニ~、君のプールは最高さぁ」と歌いながら誰も泳いでない一番端の7コースへちゃぷんと入った。その途端、ピーッ、ピピピーッツ!とけたたましく笛が鳴った。
びっくりして見ると監視員のひとりがまたまた人差し指を立て、チッチッチッとやりながらこちらに近づいてくる。そうして、とてもとーっても偉そうに「学校用!」と一言いった。このコース、さっきの中坊たちが授業で使うらしい。ゴボっともぐって隣のコースへ移動した。

泳いでたら、ひどい時差ぼけと寒さでささくれていた身体にやっとこさ生気が戻ってきた。


今回の曲
Sparks and Rita Mitsouko 「Singing in the Shower」

プール行ってシャワー浴びるとき口ずさむマイ鼻歌ベスト10の常に上位にランクされる名曲。なんちゅうギターのかっこよさや。

azisakakoji

 
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