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ペンネーム

2011年10月12日

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高校時代、在籍してた水泳部は弱小で部員も少なく、一つ上の先輩は男女各1名だけだった。
女の先輩は器量も性格も部に不釣り合いなほど良かったが、一方、主将である男の方は、姿はずんぐりむっくり、性格は妙ちくりんだった。
みんなブランド物のスニーカーなのに彼だけ購買部で買った運動靴(しかもマジックで自分の名前を書いていた)で、校則通りのストレートズボンを履き、頭は丸坊主だった。

そんな風に我が道を行くひとであったが、その反映かいつも虚勢をはっていた。
”潜水で50m泳ぐのは困難”と誰かが言えば、精一杯無理してそれをやって見せ、ぜえぜえ言いながらも”あーん、調子良かったらまだあと25mはいけるばい!”とうそぶき、世界文学の有名どころはほとんど読んだと豪語し、どう見ても童貞なのに”女というものはなぁ”とどこかで読んだ性的な話を後輩に得意げに語った。
まったくもって自分を飾ること能わざるの、愚朴で、野っ原の土塊みたいな人間だった。

ある日のこと部員の誰かが、まったくの冗談で「先輩たち2人はつきあってるんですか?」と彼に聞いた。
真に受けた彼は赤面してうつむくと、「ははははは、おまえらにゃあそう見えるかもしれんが、俺たちは何もなかとばい」と甲高く言いいながら、額の上で何回も手を振った。
女の先輩にいかした彼氏がいることを学校中で彼だけが知らなかった。
 
高総体が終わり、2人の先輩の送別会が顧問の先生の下宿で行われた。
ワイン(その先生が葡萄酒党だったので)がたくさんでた。
先輩は「俺はいつも親父の焼酎ばくすねて飲みよっけん、これなんかジュースのごたる」といいながら注がれるまま(そうじゃなけりゃあ自分で勝手に注いで)ごくごく飲んでた。
そうしてみんなチェッカーズだとか松田聖子のはずんだ歌なのに、彼だけが長渕剛の誰も知らない暗い曲(”堕ちてきた~堕ちてきた~”っていうやつ)を絶唱した。
 
夜が暮れ宴の終わり、最後に別れのエールをすることになった。
部員全員で肩を組み円陣をつくり、最初に主将の彼が「佐南(佐世保南高校の略)ーっ!」と叫んだ後、「ファイト!」「オーッ!」と全員で叫ぶのだ。

広間の畳の上、真ん中に円陣を組んだ。
みんな感無量で涙目だ。
先輩がひとりずつゆっくりと皆の顔を見回す。
そして一回、目を強く閉じると一転カッと見開き、「じゃあいくぞおまえら」と静かに言った。
つづいて、どでかい声で「佐、南~!」

ゲボゲボゲボボボボボーッ...
 
彼は叫ぶと同時に円陣の真ん中、畳の上に今まで飲み食いしたものを全部吐いてしまった。

酔った眼に、それはスローモーションで落ちてくる無数のガラス玉に見えた。
キラキラと輝いて、ほんとうにきれいだった。

彼は高校3年間の虚勢を全部そこに吐き出したのだった。
気付くと女子部員たちが汚物を手ですくっていた。

この先輩の名がアジサカである。
ぼくの本名は別にある。
イラストレーターとして食べていこうと思った時、この彼の名をつかうことにした。

azisakakoji

 
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