金物屋さん
2011年11月01日
長崎に住んでた3年くらい前のある日のこと、近くの画材屋さんで幸いにも、棚卸しのキャンバスを安く大量に譲ってもらった。
いえーい、よほほいとうかれつつ、よく見るとしかし裏面、布地のとこがみんなめくれてる。
それで、それを固定するための釘を買い求めようと数件先の金物屋に立ち寄った。
木造二階建てで日本が鎖国してた時代からあるような古い店だ。
入ると中はまるで金物でできた雑木林みたいだった。
四方八方から、柄杓(ひしゃく)や鎌やじょうろなんかが樹の枝みたいに突き出している。
中には錆びたものや袋がすっかり色褪せ文字が読めぬものもあり、果たして売ってるのかどうかさえ定かではない。
店は開いてるが商いしてる様子はないし、客が入ってきたというのに人の気配もない。
それでさっさと立ち去ろうとすると、金もの薮の中からぬっと黒い影がでてきた。
イタチかなにかと思ったら、くしゃくしゃで血色の悪いちっちゃなおじいさんだった。
「何かおさがしですか」とうつむいたまま顔も見ず細くかすれた声で聞くので、”小さな釘”だと答えた。
三秒半くらい反応がなかったので、もう一度言おうとしたら、「釘はこっちですばい」と言ってそろそろと歩き出した。
ついてくと奥の暗がりに傾いた棚があり、釘の入ったとおぼしき箱が無造作に並んでいる。
じいさんはよろよろ危なっかしげに箱を取り出すと、何通りか見せてくれた。
一番小さなものを選んだ。
勘定をすませようとした時、「こがん細(こま)かとば何に使うとですか?」とぼそぼそ独り言のように聞くので、手に提げてた袋の中のキャンバスを見せて説明した。
話し終わらぬうち、
「はあ、絵描きさんですかっ!」
いきなり大きな声を出すのでびっくりした。
見るとじいさん、マンガみたい、瞳に星がきらめいている。
そして口の中で三連水車が回ってるような、かたかたせわしい且つじんわりのどかな感じで話し始めた。
彼には生まれた時からずっといっしょに暮らす今春高三になる孫がひとりいるのだという。
その孫というのが、絵描きになるべく芸大をめざしているのだが、親をはじめ周囲はみんな反対してるのだそうだ。
けれども、自分だけは彼にはなかなか才能があると思っている。(なんとなれば、長年金物屋をやっており職人さんをたくさん見てきてるので、他人より少しばかり見る目がある)
それで、ひそかに(「見ての通りのおいぼれなので、大きな声じゃあ言えんですもんなぁ...」)彼のことを応援しているのだが、どうにもこうにも心配でならない。
とまあこんな訳なので、ひとつ兄さんあんたに、彼にはたして才能があるのかどうか見てもらいたいという。
唐突にそう言われて困ってしまったが、客が絵描きだと知るや、よぼよぼじいさんだったのが磨いた金(かな)だらいみたいにピカピカ生気をみなぎらせてにじり寄って来る。
それに圧倒されてしまった。
「たいした絵を描いてるわけじゃないですが、ぼくでよかったら」と生返事をした。
すると「しろうと絵描きは、そがんいっぱいカンバスは買わん!」といいながらさっさと店の奥に手招きをした。
住居に連なっているらしい。
じいさんの後について上がった家は古い町家で、中は昼なのに薄暗く、廊下だけが黒く鈍く光っていた。
そして、良いとも悪いともいえぬ、ただ単に懐かしい香りがした。
変なとこに段や出っ張りがあるのでそろりそろり注意しながら進んでいくと、暗闇をついて出てきたのは、別の世界だった。
本棚にはコミックと、けばけばしい色のミニチュアやプラモデル。
床には足の踏み場がないくらい雑誌やゲームソフトが散乱し、壁には知らないサッカー選手とアイドルのポスター。
汗と芳香剤の混じったいやな臭い。
絵に描いたような男若者の住処(すみか)だ。
「高校生の部屋に入るのって何年振りやろう,,,」その空間のあちこちからたちこめる青っぽさに頭がくらくらした。
くらくらしてると「これですばい」といって、最近美術教室でやったという石膏デッサンやクロッキーを取り出しぐいと差し出した。
ゆっくり丁寧に見ていく。
途中顔を上げると、少し離れたとこでじいさん正座している。
見て、はっとなった。
小さな身体のあちらこちらから、ここ十五年ばかりは奥に引っ込んでいたと思わしき”そわそわ”だとか”ドキドキ”といった感情が湧いて出て
うねって、じいちゃんを微かに震わしている。
ひととおり見終わった。
部屋の様子からして「じいさんにゃあ悪いがダメだコイツは..」と予想してたのとはうらはらに、どう見ても、ぼくなんかより上手だった。
びっくりした。
それで、そのように感じたままを告げた。
神妙に聞いてたじいさんは話しが終わるやいなや、一回大きく頭を垂れた。
”事切れたのかっ”って思うくらい見事な垂れ様だったので一瞬たじろいだ。
けれどすぐにその後、ひょっこり顔を上げ隙っ歯で微笑んだ。
そうして、「そうですかそうですか、ほお、そうですか、ほお、ほお、そがんですか...」と言いながら何度もうなずいていた。
青臭い部屋を出て、かび臭い暗闇を通り、錆くれた金物屋に裏の方からたどり着いて靴をはいた。
紐を結んでると、先に草履つっかけてニコニコ逆光の中突っ立ってたじいさんが「何かいっちょ持って行かんね」と松鶴家千とせみたいな身振りで言った。
(ここんとこ、わかりづらくてすまん)
はじめ何のことやらちんぷんかんぷんだったが、どうやら店のものを何かひとつプレゼントしたいらしい。
せっかくなんで、「じゃあ、これ」と言ってレジ近くにかけてあった灯油入れポンプを指差した。
すると、「千円くらいんとにしとかんね!」とどこか得意気にいった。
それで、金色の中くらいのヤカンをもらって帰った。
それから3年。
毎年季節が寒くなると仕事の合間、そのヤカンで湯をわかし、お茶を飲む。
お茶の熱さが、孫を語る時のじいさんの顔の火照(ほて)りを思い出させる。
情愛というものが自然に溢れ出てくる美しい様子がよみがえる。
今回の曲
Michael Nyman「Molly」
今の時期、お茶飲みながらM・ウィンターボトムの映画「ひかりのまち」のサントラを聞いてると、切なくなると同時になにやら不思議とやる気が湧いてくる。
あの映画はいい映画やった。
ときどきふっと、しとしと雨の寒い夜バスに乗る、そのためだけにロンドンに行きたくなる。