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今日の絵(その9)

2012年02月20日

kyo09.jpg

12月、寝がけに布団でファッション雑誌パラパラめくってたら、とうもろこし畑の写真が出てきた。
さして気に留めず次のページをめくろうとしたら「兄さん、ちょっと待ったーっ!」っていう大きな声がした。
どきりとして手をとめると、とうもろこしたちが口をそろえて「なあ、おれたちのこと描いておくんなよー」と勧誘している。
「かんかん照りがこしらえた俺らの陰影、描いてごらんよ」とか「きりっと伸びた葉っぱの線に沿って筆滑らすの、気持ちがいいぜー」とか「あんまし使わないブリリアントな青色で俺らの似顔絵ものにしてみなよ」とか、しきりに訴えている。

それを聞いてたら、それほど熱心に頼むのならしょうがない(と、同時にとてもありがたい)、いっちょう描いてみるか、という気になった。
しかし、とうもろこし畑だけじゃあいささかもの足りない、というかそれだけで画面成り立たせる力量がない。

それで、とうもろこし畑を背景に人物が立ってる絵を描くことにした。
おそるおそるそう提案してみたら、意外とすんなりとうもろこしたちも納得したので、よかったよかったそれで行こうと安心した。

と、いうところまで翌日、朝ご飯食べながら思い出した。
(前夜は安心したとたん、ぐーすか寝入ってしまった)

さて、人物はどんな風にしよう...

あったかい豆乳飲みながら考えはじめた。
まもなく、ピカーン!
傍らの本棚の中の一冊が光った。
手に取るとそれは上野英信の「出ニッポン記」(読んでない人は読もう!)だった。

とうもろこし畑...南米...ブラジル...といえば、日系移民だ。

そんなわけで、とうもろこし畑を背景に、筑豊を追われブラジルに入植した炭坑夫の姿を描くことにした。

その際、とうもろこしを描くのを主体にして、炭坑夫はできるだけ片手間にやろうと決めた。

「私は何ひとつおろそかにしなかった」っていうフランスの画家プッサンの言葉がある。
(座右の銘のひとつになっている。)
それを、絵を描くっていう仕事に当てはめたとして、画面の中のすべてのものをみな等しく”おろそかにしない”でいるのはなかなか難しい。
たとえば普段、人物画を描くことが多いのだけど、やはり背景の空や草花、建物や車などを描くより、人物のほうに気持ちが入ってしまう。
さらにはその人物にしても、手足より顔のほうに、顔ならば、髪の毛や耳鼻などより眼のほうに、どうしてもより力を注いでしまう。

「別にそれでいいじゃん!それで何かさしさわりでも?」と思われる方がきっと大半だろう。
だって、龍を描くとするなら、鱗やヒゲやしっぽより断然、その眼を描くことにより気合いをいれるのが当然のように感じられるからだ。

でもちょいとばかしこの仕事を長く続けてると、”いい絵”ってのは、いつの間にか知らないうち、「よおし、ここは魂込めて描いてやるぞー」などど頑張ったりせず、”片手間”にやった時のほうが、よりうまく立ち現れてくれる、ってことに気がつくようになる。(あ、他の人は違うのかもしれませんけど...)

でも、気がついたってそんな芸当ができるのはすっごく調子が良いときだけで、たいていは時間経つにつれ、顔の表情ばかりに気を囚われ、そこだけ(他のとこはとうに仕上がってるのに)延々と描きなおし続けてる、っていうことのほうが日常だ。

そんなわけなので今回は、背景のとうもろこしを”持ち上げ”、人物をわざと”おろそか”にすることで、人物、ひいては絵全体をうまく描こうとしたのである。(うわあ、まどろっこしさーっ)

つまり、今回の絵が「とんかつ定食」だとするならば、とうもろこし畑がメインの”とんかつ”、その上に広がる空が”ご飯”、着てる服が”みそ汁”で、顔といったら付け合わせの”キャベツ”くらいの立場だということになる。

とんかつを、「うわあ、衣さくさく、中身はジューシー、ああうまかーっ」って味わって食べてたら、いつの間にやらキャベツもたいらげてた。って具合に、人物を仕上げようと思ったのだ。

そうやって仕上がったのが今回の絵だ。

しかし悲しいかな、”とんかつ定食作戦”みごと失敗...
やはり人物描くのに文字通り”囚われ”、さらさらっと描くこと能わずだった。

あいかわらず、”キャベツ”だけ残って、煮たり焼いたり、レモンしぼったりマヨネーズかけたり...

ぜんぜんうまくいかなくって結局、特製ドレッシング(サングラス)かけてしまったんだけど、ううむ...


今回の曲
les rita mitsouko 「les amants」

カラックスの映画「ポンヌフの恋人」の主題歌。
(映画版のとちょっと歌詞が違うけど)
雪が降ると、8回に2回くらいジュリエット・ビノシュがツツーっとポンヌフ橋に積もった雪の上を滑ってくるシーンを思い出す。
それ思い出すと、頭のてっぺん辺りにこの曲がかかる。

先日、日仏学館主催のイヴェントで、そのビノシュを受け止めるドニ・ラヴァンに会って握手してもらった。
おお、この手が...と思い感慨ひとしおだった。

azisakakoji

 
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