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今日の絵(その16)
2012年02月22日
リトアニアに住み始めてふた月もすると、もってきた8mmフィルムを全部撮り終えてしまった。
調べたらヴィリニュス駅の近くにひとつだけ現像してくれるラボがあるということなので、持って行った。
そこで働いていたのが、ラーラで、何回か通ってるうち親しくなり、じき一緒に暮らすようになった。
季節は春だった。
ヴェトナムで生まれ育ったぼくとリトアニア人の彼女はへたな英語で話すんだけど、問題なんてこれっぽっちもなくて、何やってても二人ならすごく愉快で満ち足りていた。
仕事がない時はいつだっていっしょにいた。
手をつなぎ旧市街をあてどもなく散歩したり、一日中外に出ず本を読んで過ごしたり、むかしの映画見にいったり...
6月にはヒッチハイクでバルト海の方まで小さな旅行もした。
そうしてると季節が変わった。
南国育ちのぼくにとってこの国の夏は、春がほんの少しだけ背伸びしたみたい、おだやかでほんとうに心地よかった。
二人は春にも増して幸せで、どう軽く見積もっても今までのぼくの人生でもっとも輝くひと時だった。
やがて、秋になり冬が来た。
セーターやジャケットだけでは寒さが凌げなくなると、彼女はどこからか古い革のジャンパーを引っぱり出してきた。
華奢な身体に不釣り合いの、それは大きく重たい男物のジャンパーだった。
「どうしたの、それ?」と聞くと、薄く笑って3年前に死んだ恋人の形見だと言った。
「ふうん」と聞き流した。
けれどその時、ぼくの胸の奥らへん、暗い影がさすのがわかった。
ラーラはいったん取り出すと、外に出る時は、必ずそのジャンパーを身につけるようになった。
いつだってそうなので、とっても似合いそうな、深い緑のウールコートを買って贈った。
「まあ、素敵!」って喜んでくれたんだけど、2、3度着ただけであとは放っておかれた。
寒さから彼女を守るのは唯一、そのジャンパーに限られてるかのようだった。
ぼくはだんだんだんだんそのジャンパーが嫌いで仕様がなくなってきてしまった。
それで、彼女がそれを身につけてる時には、彼女を抱き寄せることも手を組むこともしないようになった。
そうやってたら、彼女がぼくの嫉妬に気付き、そのジャンパーを着なくなることを期待した。
しかし効果はなく、相変わらずいつもそればかりを羽織っていた。
年が明けた。
ラーラはぼくのそんな気持ちを知ってるのか知らないのか知らないふりをしてんのか、よくわからなかった。
そんなわからなさがとっても魅力的で、もっと愛おしくなって、さらにジェラシー心がつのっていった。
ある日、仕事の調子が悪くって、晩ご飯の後、ウオッカをたくさん飲んだ。
すると酔ったぼくのこころの内側が、革のジャンパーの焦げ茶色に染まり、そのずしりとした重みで垂れ下がり、染み付いた北の男の臭いで
膨張した。
それでもはや我慢ができなくなってしまって、とってもとってもバカで子供じみてるんだけど、「ぼくを捨てるかジャンパーを捨てるか、どっちか選んでくれ!」と彼女に面と向かって言ってしまった。
ラーラは見たこともない表情で黙ってうつむいた。
どうしていいかわからないぼくは、椅子に掛けてあったその憎いジャンパーを亡きものにしようと手を伸ばした。
彼女はとっさに遮り、奪い合いになっちまった。
無言で引っぱりあってるうち、どんな拍子かラーラは金具で額を切って血を流し、それを見たぼくははっと我に返って身動きができなくなってしまった。
そんなみじめな東洋人を残し、ちらりともこちらを見ることなしに彼女はアパートを飛び出していった。
ああ、なんてことしてしまったんだろうと打ちひしがれ、頭抱えてうずくまる...
そのうち、酔いの強さで眠ってしまった。
目が覚めると、あわててラーラをさがしに出かけた。
心当たりの友人宅やカフェを訪ね歩いた。
どこにもいない...
途方に暮れて、いつも散歩する公園へと行ってみた。
そしたら、ぼくらお気に入りのベンチ、彼女が静かに座っている。
近づいていった。
彼女がゆっくりと振り向いた。
と、そんな感じの絵です、今回の絵は。(涙)
「って、ええーっ、いったい何よーアジサカさん、この話し、わけわからんけん!」
いやあ、おれもわけわからんっちゃけど、晩ご飯食べてお酒飲んで、ふっとこの絵みたら、こんな話しが湧いて出てきたっちゃんねぇ...
でも、なんとなくそんな感じもするやん、この女の子...
と、そんな時には(ふさわしいかどうか定かじゃないが)こんな曲
The Megaphonic Thrift 「 Exploding Eyes 」
この人たちと会って飲んでみたいなぁとか、この場所に行って散歩したいなぁ、とか思うとやもんねー。