今日の絵(その38)
2012年05月26日
今回登場は九州の北方、玄界灘にある対馬島は厳原町曲で海女をやってる宮本常代さんです。
「えーっ、海女っていうのに色、白いじゃん!」
とつっこみたくなるお気持ち、わからないじゃあありませんが常代ちゃん、いくら陽にあたっても潮風に吹かれても焼けない体質なんです。
そんな美白が悩みの常代ちゃん(だって海女は海女らしく褐色がかっこいいですから)が今の仕事をするようになったきっかけですが、父方のおばあちゃんが島ではもう少なくなってしまった海女の仕事をしていたからです。
おあばあちゃんはなんと齢八十を過ぎてもヘコ(褌のこと)ひとつで海にもぐってアワビやサザエ、テングサやワカメをとっていて、幼い常代はその野性的な美しさに心はげしく打たれ、魅了されてしまいます。
それで、小学校に上がる前からおばあちゃんにくっついて磯へ行くようになり、だんだんと自らも海へ潜るようになっていったのでした。
そんな彼女の行動を福岡の市内からこの島に嫁に来た母親はあんまし心良くは思いませんでした。
それで何とか常代の海へと向かう心を他に逸らそうと、ピアノだとかお絵描きだとかを習わせようとするのですが、みな無駄骨に終ってしまいます。
学校が終わるやいなや、少々肌寒い日でも真冬以外はおばあちゃんといっしょに海の中、魚みたいな常代です。
さて中学に入ったばかり、庭の牡丹の花が咲き始めの頃、いつものようにおばあちゃんとふたり並んでスタスタと磯の方へ向かっていました。
すると海岸線に出た辺りで「ありゃあー」とおばあちゃんが素っ頓狂な声をあげて立ち止まりました。
常代が振り向くと、ゴロンと土の上に寝っころがるおばあちゃん。
お迎えが来たのです。
常代はおばあちゃんを担いでいつもの岩場へ行くと彼女を横たえました。
そうして、しばらくぼおっとしていました。
30分くらいそうした後、携帯を取り出し役場ではたらいてるお父さんに電話しました。
その日から以降、中三になる現在まで独りで海に潜っています。
ほんとうはおばあちゃんみたい、ヘコひとつで颯爽と飛び込みたいのですが、胸が膨らみ始めてきたころ、それだけはやめてほしいと母さんに泣きつかれたので、今は純白の磯シャツに腰巻き姿です。
常代は海で仕事をしていると、いろんなことを感じてこころがいっぱいいっぱいになります。
なんだか苦しいので外に出したほうがいいんじゃないかと思って、ノートに感じたことを書きはじめました。
たいていその日が終わり、お布団にはいってから書きます。
書いてると溜まってたものが外に出てすっきりしましたし、続けてるうち、ことばをさがすのが、貝や海藻さがすみたい、とっても楽しくなってきました。
ところが、それを母さんに見つかってしまいます。
大学で文学を専攻してたという読書が趣味の彼女、それを読んだとたん常代の天賦の才にびっくり仰天してしまいます。
そこには未だ彼女が読んだことがないような文章ー清らかで美しく、なおかつたくましくて大らかーな、詩としか呼びようのないようなことばが幾重にも並べられていたのでした。
彼女はこっそりそのノートを持ち出しコピーをとって、担任の宝亀先生に見てもらいます。
宝亀先生もたいそう驚き、感動するとともに、矢も盾もたまらず、ちょうどその時学校に募集が来ていた全国学生詩のコンクールに応募してしまいます。
数週間後、見事ぶっちぎりでグランプリ。
島の高校にとりあえず通いながら、それが天職だと信じる海女の仕事を死ぬまで続けて行こうと思ってる常代を、周りのものがよってたかって説得しはじめます。
「ここを出て、福岡の有名高校に行って本格的に文学の道を志すんだ」
「島の世界は閉じてて狭い、もっと広い世の中に出てたくさんの人に会い、いろんなことを学ばなくてはならない」
「今どき、海女なんて...」
そんなある日、とうとう、母親と言い争いになって家を飛び出してしまいました。
浜辺まで駆けてゆき、その場にすとんとしゃがみこむ14歳。
「おばあちゃん...」
思わず、口に出してそうつぶやきます。
とそんな感じの絵です、今回は。