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今日の絵箱(その2)

2013年01月15日

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絵箱とは関係なくいきなりで申し訳ないんですけど...

林竹二って、名前からしてかっちょいい教育者がいる。
大学で教職課程とってたとき、「いい先生ってのはいったいどんな先生なんやろう」って思っていろんな本読んでる時に出会った。
読んでその話しを聞いてみるととってもよかったので、彼について手に入る限りの本を読んだ。

そいでもって、教育実習の時にはその影響を多大に受けた授業をやった。
ひとつのものごとについての疑問、その答え、その答えに対してまた疑問、また答え、また疑問...とどんどん続いて行くような授業だ。
「なんで?」、「ああそうか!」、「でもどうして?」、「おお、そんな訳か!」、といった具合に、子供と先生との間で「?」と「!」が、ばったばったと繰り返されるようなやつだ。

むろん、普段の授業だったら題材も気力も続かないだろうが、この時は一回かぎりの教員実習、懸命に準備して気合い入れて臨んだおかげで生徒の反応はすこぶるよく、なかなかの成功だった。

それで「よっしゃあ、やったぜ」と喜んでたら、担当の先生がやってきて「鰺坂くん、これ、自分で作ったんじゃないだろ?」といわれた。
なかなかショックだった。
ああ、教員試験に無事受かっても、こんな人と一緒に働くのか...と思い、前途に濃くて重たい霧がたちこめるようだった。

それから数年、いろんなことあって、教職には就かずにふらふら(きちんと)してたら、いつの間にやらなんでか絵描きになっていた。

3年くらい前、友人ら2人と連れ立って山口に旅行に行った。
連れの友達が当地在住の童話作家かなにかで、晩に合流して一緒に飲んだ。
飲んでたら、その童話書く女の人が「これ知ってる?」といって取り出したのが、林竹二の本だった。
彼の授業を受ける子供達の姿を撮った写真集だ。

「誰、この授業やってるおっさん?」
「うわあ、すごいねー、この子供らの表情!」

意外なことに連れの2人は、自分より年長でいろんなものに造詣が深いのにもかかわらず林竹二のことを全く知らなかった。
驚いたのは、そのうちの一人が30年以上学校教育に携わっている小学校の校長先生であったことだ。
先生になるような人はみんな林竹二を通過するんもんだとばかり思ってた...
絵描きのぼくがやたらくわしく知ってたので童話作家のひとがびっくらこいていた。

彼の本、ほとんどは引っ越しを繰り返すうちどこかへ行ってしまったが、「学ぶこと変わること」、そして「授業の中のこどもたち」、これら2冊は手元に残っている。

「あらー、アジサカさん、あんた学校の先生でもないのに何でそんな本、後生大事に持ってるん?」
というと、ふふふ、それはですねっ!

この2つの本に載ってる子供らの写真、その表情が正直でたとえようもなく美しいからだ。
おそらくは林先生の人柄とその授業の内容がそうさせるのであろうが、ここでは他ではけっして見ることができないような子供らのたたずまいがたくさん記録されている。

「けっ、なんやーこのじじいは...」とふてくされながら聞いていたパンチパーマのヤンキーの顔が、授業が進むにつれ自分の内面に向き合い仏様ような顔に変化する。
肘ついて斜にかまえてた”問題児”の少年が、時間が経つにつれ集中し前のめりになる、目を凝らし一言一句もらすまいと耳をそばだてる。

なんちゅう、いい顔やー!
そんなわけで、これらの写真はアウグスト・ザンダーやダイアン・アーバスが撮ったポートレート同様、ひとの顔を描く時の大切な目安のひとつとなっている。

大学時代、苦労してとった教職課程も決して無駄ではなかったということだ。

azisakakoji

 
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