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豆子

2016年01月18日

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いつもは花なんて自分の店に飾ったりはしないスミレが今日、ふんぱつして色んな種類の花を買い集めてきたのには理由がある。
同じ商店街に新しくできた花屋の男に恋をしてしまったからだ。
恋をして心がどうしようもなく熱くなり息苦しくなって、はあはあ呼吸困難に陥っちゃったけど、どうして熱を冷ましたらいいのかわかんない。
悩んだあげくに、破れかぶれになって、世界の珍しい花々をあちこちから取り寄せたのだ。

惚れてしまった男の店はチューリップの専門店で、チューリップしか置いてない。
チューリップ以外の様々な花をこれ見よがしに買って束にして店に飾ってやろう。
毎夕閉店後やって来てはモカブレンドを一杯だけ注文し、黙って飲んで帰る花屋の男に見せつけてやろう。
男はきっと何かしらの言葉を発するに違いない。
スミレはそう思ったのだった。

花を専門に身過ぎ世過ぎをしているのであれば、こんなに大量のへんてこな花々を見て、無言でコーヒーだけ飲んで帰るっていうことなんてありっこない。
そうよ、そうよ、そしてあたしは彼とやっと言葉を交わすことができるのよ。

だって、聞いてくれる?
ある日彼がこの街へ姿を現し、もとタバコ屋だった空き店舗(兼住居)を買い、引越ししてきて、内外装の工事をひとりでこつこつ始めたの。
ひと月経ったくらいに完成して、店を開いたわ。
それから今日で2週間、毎日あたしの店へ顔を出すのだけれど...
いつもこんな感じなの...

(スミレ)「いらっしゃいませ」

(花屋の男)「あ、モカブレンド」

(スミレはコーヒーを入れ、花屋のもとへ運ぶ)

(スミレ)「どうぞ」

(花屋は少し頷き、20分くらいかけて文庫本読みながらそれを飲みほし、レジへと進み、また少し頷いてトレイに代金の380円ちょうどを置く)

(スミレ)「ありがとうございます」

(花屋店を出る)

つまりだ。
花屋の男は”あ、モカブレンド”という言葉だけしか、その口から発したことがない。。
スミレは、あいさつでさえない、極々ささやかな感嘆詞と名詞の連なったやつしか、彼の言葉を聞いたことがないのだ...

ええーっ、そんなことってある?
ある。

と、まあそん風な感じで今日という日がきたってぇわけだ。
早朝に一斉に花が届いて、午前中は店を休んで花を生けた。
慣れてないのでとても苦労して、どうにか見栄えがいいように生けた。
いつもはTシャツにジーンズなんだけど、服も変えた。
”あ、モカブレンド”以外の言葉を男から引き出し、叶うことなら1分以上の長いおしゃべりをするためには努力は厭わない。
洋裁やってる叔母に頼んで仕立ててもらった深緑のワンピース(豪華な花々にふさわしい)を艶やかに身にまとった。
そうして準備万端、今や遅しと彼がやって来るのを待った。

ガラガラ...
花屋のシャッターが下ろされる音が夕日に響いた。
スミレは彼がいつも座る一番奥のテーブルに花を置き、横に座り、出迎える。
店の扉が開いた。

「いらっしゃいませ」
(花屋、こちらを見る)
(5、6秒沈黙...)

「・・・あ、ジンジャーエール」

「あら、今日はモカブレンドじゃないんですか?」
「え、ええ、なんだか急に身体が火照っちゃって...喉がカラカラに...」
「そう...そんな時はジンジャーエールがいいですよね」
「うちのジンジャーエール、自家製なんですよ。知らなかったでしょ?」
「ええ、知りませんでした...」
「あたしの名前も知らないでしょう?」
「はい...あの、なんというお名前ですか?」
「スミレ...スミレよ」
「あの、春に咲く、小さな...」
「ええ、そのスミレ」

と、まあ、そんな風にしてパパとママは親しくなって結婚してあたしが生まれたってわけ。
ふたり付き合うようになったら、パパはチューリップ屋さんはやめて、今度はスミレ屋さん、スミレ専門の花屋を始めたわ。
ママは今も同じ喫茶店をやってて、パパは花屋が終わると相変わらずそこへ行く。
だけど、注文するのはモカブレンドではなくて、いつだってジンジャーエール。

パパったら、好きなもの一個きめたら、飽きもせずにそればっかりなのよね...
花だって、飲みものだって...

あ、食べ物だったら、豆腐やおからや納豆ばっかり...
とにかく大豆でできたやつが好きみたい。

だから娘に、豆子なんて名前をつけるのよ...
まあ、ちょっぴり変だけど、わたしはわりと気に入ってるわ。

そんな豆子は市内の美大に通う2年生。
課題で母の姿を描いたのが上の絵です。

そいでもってBGMはこの曲です。
Elysian Fields 「We're in love」

azisakakoji

 
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