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今日の絵(その37)
2012年05月20日
「オリンピックで金メダルを必ずとれる素質を持ってるよ君は、うん。とにかく早いとこ家を出て私のジムの門下生になりなさい。ご両親は私が説得するから心配しなくていい。」と、レスナーと名乗る初対面の男に云われたニコライ君が今回初登場です。
ニコライ君はグルジア生まれ。叔父さんがアマチュアレスリングのチャンピョンだったのが縁で3歳の頃からレスリングを始めました。
8歳のとき訳あってメキシコに一家全員(父母、おばあちゃんに7人兄弟)で移住を余儀なくされるのですが、辿り着いたその地でも街にひとつだけあるジムに通い練習はかかさずに続けていました。
ある日、そのジムに元全米アマレス選手権優勝者の肩書きを持つ初老の男が尋ねてきます。
旅行の途中にたまたま立ち寄ったというその男、ニコライ君のとんでもない資質を見抜くと同時にまったく惚れ込んでしまいます。
「育てたい、この子を、俺の手で...金メダリストだ...」
レスナーさんはニコライ君をアメリカに連れ帰ろうと固く決意したのでした。
「おお、それはいい話しやん!食い扶持一人分減るし、きっと両親も賛成するに違いない。よかったなーっ、少年!」
と、読者の方は思うかもしれません。
しかし、そう簡単には問屋が卸しません。
なぜならニコライ君、メキシコに来て間もない頃、近所に住む一人暮らしの老人の好意でルチャリブレ(メキシカンスタイルのプロレスリング)の興行を見てしまったからです。
ギラギラと異彩を放つルチャドールたちのたたずまい。彼らが織りなす華麗な技の応酬。それに答える観客のすさまじい熱狂。
とりわけ悪玉をやっつける善玉マスクマンの、巨大なアリーナの隅々まで照らす、その神聖ともいえる輝きに、少年は文字通り眼がくらみ身体の芯の芯まで魅了されてしまったのでした。
「ぼくは将来、エストラージャ(ルチャリブレのトップスター)になるんだ!」
ニコライ少年は、そう固く決意します。
そんなわけなので、ニコライ君、オリンピックも金メダルもあんまし興味がないし、アメリカなんてこれっぽっちも行きたくありません。
学校にはナサリンっていう好きな女の子がいるし、この場所や住んでる人がとても気に入ってるし、このままここでルチャドールになるべく修練をつんで行きたい、と、ただひたすらそれだけを願っているのでした。
しかしレスナー、ニコライ君の両親の前に札束バタバタちらつかせます。
正直言って一家の暮らしはかなりしんどいです、それだけでも心揺さぶられるのに、その上、我が子の未来に金メダルの栄光が待っているやもしれないのです。
レスナーと両親、学校の先生にまでアメリカへ行く事を強く勧められるニコライ少年...
頼りになるのはルチャを見に連れていってくれた老人ただひとりです。
「おじいさんに相談してみよう...」
そう思って訪ねていったものの、肝心要な時にどこへいったやら、老人の姿が見えません。
「......」
途方に暮れた彼はそのまま街はずれの平原までいっきに駆けてゆくのでした。
そんな場面にかぶさるのがこんな曲。
Rodrigo y Gabriela「Tamacun」