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今回の絵(その46)
2012年06月30日
スペインはバルセロナにある国内最大のスタジアム「カンプ・ノウ」。
そこで行われた世界フェザー級タイトルマッチで挑戦者のハヤブサ五郎は王者マルコ・ダ・ガーロにわずか1R1分6秒、KO負けを喫してしまう。
試合後、五郎は日本には帰国せずそのままスペインに残り、もっともっと実力をつけるべく特訓を重ねることにする。
言葉の通じぬ異国の地で、身体をとことん鍛えることにだけに専念しようと思ったからだ。
彼が練習の地に選んだのはスペインはスペインでもイベリア半島のはるか南、アフリカ大陸の北西部に浮かぶスペイン領の群島、カナリア諸島。
五郎は周囲の反対をよそにそこに独り移り住むと、泣く子も黙って息を飲むようなような厳しい特訓を開始した。
それから数ヶ月...
ある朝いつものように、森の中を走っているとその途中、五郎は人間のことばを話すカナリアに出会う。
もともとは人間の女で、名はピヨッピー。
その語るところによれば、古代よりこの地に住まうグアンチェ族、その長老の一人娘として生を授かった彼女はしかるべき歳に達すると、巫女として一族のまつりごとを司っていた。
平和でのどかな暮らしが静かに続いていく。
ところが15世紀末、イベリア半島より突然カスティーリア王国が侵略にやってくる。
一族は根絶やし。
幸い一命をとりとめたピヨッピーも、王国直属の祈祷師に呪いをかけられ、カナリアの姿にさせられてしまう...
この呪いを解くにはカスティーリア王国で最も強い勇者を、東の果ての黄金の島の勇者が打ち負かさねばならない。
つまりそれは、スペイン人である現チャンピョン、無敗の帝王マルコ・ダ・ガーロに日本人であるハヤブサ五郎が勝利することを意味する。
帝王の強さは尋常ではない。
数ヶ月かそこらの特訓で歯の立つ相手ではないことは、己が拳が相手にかすりもしないまま一方的に攻め立てられ、わずか数発のパンチで打ちのめされた五郎は骨身に沁みてわかっている。
どうする五郎!
しかもかけられた呪いはあと一ヶ月で完結し、それ以降ピヨッピーが元の人間の姿にもどる道は閉ざされてしまう。
わが身のふがいなさに、地べたに這いつくばる五郎...
しかし、それもつかの間...
五郎はすっくと立ち上がると、今から死ぬ気で猛練習し、なにがなんでもマルコに勝つことを誓う。
それを見て「この人こそは」と直感したピヨッピー、自身の小さな身のうちに数百年かけて育んだ神霊の力をすべて五郎に伝授する。
ピカーン!
ここに、ボクシング界は言うに及ばず、世界を震撼させることになる一撃必殺の左アッパーが誕生する。
その名もカナリアッパー!!!
ってそのままやん...
投稿者 azisaka : 09:28
今日の絵(その45)
2012年06月28日
「もう、いいの...大丈夫よ...」
「大丈夫って何が...?」
「わたし決めたの...」
「えっ...?」
「やっぱりあなたは姉と結婚すべきよ」
「な、何いってんだよ!」
「私は末娘...しきたりにしたがって家を守っていかなきゃ...」
「しきたりなんてクソくらえだ!」
「あなたはこの屋敷に養子として住むことになるでしょう...?」
「.....」
「私は毎日料理を作りあなたに食べさせるわ」
「.....」
「それでいいじゃない?」
と、50年前、大叔母の紀寿を祝うパーティの席で恋人のフリエッタと交わした会話を思い出してるエステバンさん。
その彼の思い出の中にあるフリエッタの顔を写し取ったのが今回の絵です。
BGMは鈴木常吉「思ひで 」
投稿者 azisaka : 06:36
今日の絵(その44)
2012年06月27日
「しょうがないのさ」
作詞・ウルフ竹串
作曲・未定
君が黄金の糸で
”無事に帰ってね”と
縫い付けた
真綿色のトランクス
今日も真っ赤な血で染まる
群れを離れた狼二匹
おれとあんちくしょうの血で染まる
君がばら色の唇で
”負けたっていいのよ”と
口づけた
小麦色のおれの頬
今日も青黒く腫れ上がる
街を追われた狼二匹
おれとあんちくしょうの拳で腫れ上がる
ああ ロンリー ロンリー
ロンリー ウルフ
おれの放った鋼の拳
空を切り裂き
あいつを切り裂き
おまけに君を切り裂いた
ラララララ~
ああ ロンリー ロンリー
ロンリー ウルフ
しょうがないのさ
...ってそりゃあ、入場曲としちゃあ、切な過ぎてやりきれんやろう。
つうか、サビの部分の”ロンリー ロンリー”ってとこが月並み過ぎ!
どうにかせんかい!
と後援会の年寄り連中につっこまれ「うう、昨日寝ないで一生懸命作った歌詞なのになあ...」としょんぼりひざっ小僧を抱えてる駆け出しボクサー、ウルフ竹串さんが今回初登場です。
そんな竹串さんが最近カーステレオで好んで聞くのはこんな曲!
(あら、意外ね)
Ornette「 Sur Le Sable 」
投稿者 azisaka : 15:24
今日の絵(その43)
2012年06月23日
えっと、今回登場はドクロディア消防団の団長、人呼んで”火消しのトモちゃん”です。
トモちゃん、真っ赤なレーザー砲型懐中電灯を片手に毎夜毎夜パトロール。
これをかれこれ20年、一度たりとも欠かしたことがありません。
昨年は区長さんからその仕事ぶりを讃えられ功労賞をもらいました。
今誇らしげに手にはめてるのは、そのとき授かったピンクのミンクのムンクの手袋です。
「でも、なんで上半身はだか?」
それは、むかしから、夜回りはこのような出で立ちで行うというしきたりだからです。
団長たる者、しきたりは守らなきゃなりません。
ちょいとばかしはずかしいですが(誇らしげに見せるような胸の大きさでもないし...)それで今まで万事、ことなきを得ているのですから(なんと20年間ぼやひとつだってありません)ずっと続けていくのがいいのです。
さて、ともちゃん、パトロールしながら口ずさむ歌があります。
こういうやつです。
ほんとうは紀伊国屋ライブのがいいんですけど...
投稿者 azisaka : 05:41
夏個展チラシ
2012年06月21日
夏の個展のチラシができたので載っけます。
写真はいつものように牧野さん。
描いた絵、いつも牧野さんに撮ってもらうのですが、毎回びびります。
なんでかというと絵が裸にされるからです。
つまり、彼の手にかかると、肉眼では見えなかった筆のタッチや色の混ざり具合なんかが露になり、絵の生身が浮き上がってくるからです。
それで「あわわわ...」となりながら、写真に撮られたものと、原画を見比べながら新たに手を加えることが多いです。
デザインは、これもいつものように押見さん。
今回、仕上がったものをまずは大きなファイル専用メール便で送ってもらったのですが、画像開いた時、思わず「おおーっ!」と感嘆の叫びを発してしまいました。
めちゃくちゃ扱いにくい構図の絵に、よくぞ見事に文字を並べたものだと、うなってしまいました。
まるで、イタリア製のスポーツカーみたいにしゅっとしたデザイン。
今回は、絵より写真とデザインが勝っていたと思います。
ううう、ちくしょう、くやしいぜ...
投稿者 azisaka : 05:51
今日の絵(その42)
2012年06月18日
一年以内に描いた絵ならば、しばらくたって見てみて、なんか釈然としないなぁ、腑に落ちないなぁと少しでも感じたら、あんましためらうことをせず消してしまって別の絵に描きかえてしまうことが多いです。
(今回の絵もそうやって新たに描いたものです。)
消すときはアクリル絵の具剥離材(いつかもこの場で説明しましたけど)を使うのですが、消しゴムで何回も消すと画用紙がガサガサになるように、キャンバスも傷つき擦れ、赤ちゃん肌だったのが鮫の肌みたいになってしまいます。
この鮫肌キャンバス、筆に強い抵抗があって、絵の具がとっても付きにくいです。
けど、付きにくいからといって力を入れると逆にびたっとくっ付き過ぎてしまいます。
力の加減がなかなか難しく、描き進んでいくのが物理的にとっても困難です。
こんな”重荷”を抱えながら、鮫肌に新たな人物を描いてると、不思議なことに描かれた人物も、何かしら”重荷”を抱えてるようなたたずまいになることが多いです。
消されてしまった人間の、果たせなかった思いを課せられ、それを引き受け、全うすることに自分の人生を賭しているような感じになります。
(大げさですけど、そんな感じ)
それでみんなどことなく、老いも若きも男も女も、”鶴田”度高い、陰影を帯びた顔つきになります。
鶴田度って何やねん?
といいますと鶴田真由でもジャンボ鶴田でもなく、鶴田浩二度が高いということです。
(古いやつですまん...)
なんで意識してないのにそうなってしまうのかっていったら、たぶん、そんな顔が好きなんだからでしょう。
”心ここにあらず”っていった感じの、”自分を何か自分とは別のものに放り投げてしまってるような風貌”ってのにとても惹かれるからだと思います。
(今回の曲)
Donny Hathaway「The Ghetto」
大学に通い始めて間もなくの頃、近くのレンタルCD屋さんで借りた「ソウル名曲集」に入ってたこの曲聞いて(それまであんましソウルなんて聞いたことなかった)、なんじやあこりゃあああーっとびっくりしてしまいました。
今聞いても、やっぱり、なんじゃあこりゃああああーって思います。
「でも、いったいなんでまた今頃この曲なん?」っていうと、夕方から降りしきる激しい雨によく合ってたからです。
投稿者 azisaka : 21:34
今日の絵(その41)
2012年06月14日
見た目とはすっごくうらはらに茶碗蒸し作るのが得意なアドリアナさん。
彼氏のために銀杏五つも入った茶碗蒸しを作り、あつあつを食べてもらおうとスクーターで家を飛び出しました。
ところが最初の信号にひっかかったところで、彼氏の家にまだいったことがないことを思い出しました。
それでちょいとばかし頭の中が真っ白になってるところです。
(今回の曲)
Day One「I'm Doing Fine」
フランスのFMラジオをネットで聞きながら絵を描いてたら、いきなりこの曲が...
ひやあああ、なんやこりゃあ、知らんかったー、かっちょいいーっ!
しかも12年前の曲....
投稿者 azisaka : 21:48
夏個展のお知らせ
2012年06月09日
アジサカコウジ夏個展巡業2012「クミン」
みなさん、こんにちは。
夏の個展の詳細が決まりましたのでお知らせします。
今回見ていただくのは、去年福岡で展示した「自治区ドクロディア」シリーズの続編で、昨年の秋より今年の初夏まで描きためたアクリル画50数点です。
タイトルの「クミン」というのはカレーやスープによく使う香辛料の”クミン”のことではなく
(それでも別にいいんですけど...)”区民”のことです。
つまり、前回は”自治区ドクロディア”と名付けられた近未来の架空の街、その俯瞰図みたいなものを描いて発表したのですが、今回はその街で生活する人々、それぞれのポートレートを描いて展示するというわけです。
というのは後から考えたことで(すまんっ)、今回展示の作品は毎日気の向くままに描き、このブログの場を借りて「今日の絵」として見ていただいてた一連の作品です。
( あと10枚ほど描き足さないといけませんが...)
絵のサイズはすべてF4(33×24)で、なんと現代美術作家である坂崎隆一の手によるオリジナルの額縁に入っています。
そのいかした額縁とともに展示販売いたします。
個展の場所は7月が福岡で昨年同様、九州日仏学館5Fギャラリー、8月が熊本で、いつものカフェ・オレンジです。
オレンジでは2階のギャラリーだけでなく、1階のカフェや隣接の橙書店のスペースもつかってばばばんと展示します。
福岡展については展示の空間を例年のように、先で紹介した坂崎隆ちゃんにお願いしました。
この坂崎、今年はなんとアジサカの個展が終わった後、同じ空間を使って「after an exhibition」と題した自らの個展を行います。
どんな内容かを聞いたのですが「うっひゃあーっ!」とびっくりして椅子から転げ落ちて腰をしたたかに打ってしまいました。
ほんっと、すごいです。アジサカの個展と合わせてなにがなんでもご覧ください。
期間は8月1日~28日(詳しくは日仏学館のHPをご覧ください)
また福岡展については4日にオープニングパーティ(無料です。誰でも参加できてうまいオードブルとワインが飲めます!)、さらに7月21日には特別企画として永山マキ×イシイタカユキのライブを行います。
マキちゃんの歌とイシイくんのギター、うううーっ、とてもいいです。
ライブをさらっと心良く引受けてくださってほんとうにありがたいです。
でもって個展に合わせた選曲でやってくれるとのこと、もうめっちゃくちゃ楽しみです。
みなさんぜひとも万障繰り合わせまくってお越し下さい。
ライブの予約は九州日仏学館(092-712-0904)まで!
(福岡展)
九州日仏学館
7月4日(水)~24日(火)
10:00-13:00/14:00-19:00(火~金) 10:00-13:00/14:00-18:00(土)
(日祝月は休館。入場無料)
福岡市中央区大名 2-12-6 ビル F
Tel:092-712-0904
オープニングパーティー:7月4日(水)18 :00(入場無料)
特別企画:永山マキ×イシイタカユキ ライブ
7月21日(土) 18:00 ~
カフェ・パンテロー(九州日仏学館ビル1F)
料金(ワンドリンク付):一般2,500円 学生・学館生2,000円
予約・お問い合わせ:九州日仏学館 Tel :092-712-0904
(熊本展)
オレンジ
8月10日(金)~26日(日)
11:30~21:30(入場無料)
熊本市新市街6-22
Tel:096-355-1276
(今回の曲)
永山マキ「銀の子馬」
投稿者 azisaka : 07:45
パトリックのワイン
2012年06月07日
パトリックはベルギーに住んでた頃、一番仲の良かった友人のいとこだ。
友人によるとこのパトリック、十代の中頃にはすでに一生の伴侶となる女性を見いだした。
高校1年のときつき合い始めると、大学に入ってからも、ずっとその関係は続いた。
誰が見てもお似合いで仲睦まじく、大学出たならば互いに職を得てしばらくしたら結婚して...という幸福な階段を登ってくはずだった。
が、卒業間際にお釈迦になってしまった。
彼女に別の男ができちまったからだ。
彼はたいへん傷付き、傷付いた者の特権として旅に出た。
インドや東南アジアやアフリカなど、いろんなとこをまわった。
そうして3年後、ベルギーに舞い戻ってくるとワイン作りを学び始めた。
5年前のある日、友人が「おまえワイン好きだろ?いとこがワイン作ってるんで会いに行こう」と言いだした時、パトリックはすでに36歳、南仏はプロヴァンス地方で葡萄畑をもちワインの製造業を営んでいた。
その数日後、まだ日が明けぬうちブリュッセルを出ると、友人と代わりばんこに運転しながら高速を南へ南へとひた走った。
なかなか遠い道のりだった。
もうあとしばらくで到着という道すがら、サント・ヴィクトワール山を見た。
初めて見るその名高い山は、初春の澄んだ空気の中に佇み、そりゃあすばらしい紫色に輝いていた。
垣間見るだけで、運転の疲れが一息に癒された。
10数時間かかってやっとこさ到着。
ブリュッセルは時として雪が舞う肌寒さだったのに、高速から下り田舎道をしばらく進んだその場所はすでに花の季節だった。
見渡す限りの田園地帯に降り立ち、ひさしぶりにコンクリートじゃなく土を踏む。
頭上からキラキラまばゆい陽光が降りそそいだかと思うと、ひたひたとゆっくり身体に染み込んでいく。
こんなにすばらしい光と空気と自然がありゃあ、葡萄じゃなくったってよく育つやろうなあ、と思われた。
鳥だって人間だって画家だって,,,
この土地に生まれさえすれば、なにもセザンヌじゃなくったって訳なくセザンヌに育ちそうだった。
“小さなワイナリー”と伝え聞いていた葡萄畑は想像よりかずいぶんと広大で、作業場や貯蔵庫も大きく、住居なんて立派なお屋敷だった。
うちのばあちゃん(急な山の斜面にいくばくかの田畑持っていた)なんかかが見たら腰を抜かすぞ、と思った。
パトリックは深みのあるよい声をもった大きな男で、握手をすると、それはしばらくぶりで触れる農民の手だった。
同じ歳の妻と4歳になる子供がいた。
その妻とは彼女が田舎暮らしが性に合わなかったせいで、一度離婚したんだけど1年前にまた寄りを戻したらしい。
子供はやんちゃ、というかいかにも甘やかせて育てられたという風なわがまま小僧で、苦手なタイプだった。
それが他人ではなく、自分のいとこの息子だったら2、3回、泣かしてやるところだった。
夕食の前に葡萄畑を散歩した。
畑仕事など無縁なものから見てもその土地はまるまるに肥えていて、靴の底通り越して土の養分が身体に浸透してきそうだった。
流れる空気にしても、evianとかvolvicのミネラルウォーターをでっかい加湿器で撒いてるみたい、とっても濃くて潤っている。
そして嗅いだことのない、言いようもなく心地よい臭いがした。
とてつもなく多様で複雑、でも同時にきっぱりと単純。
大げさだけど、”地球の臭い”とでも言いたくなるような臭いだった。
そんな精気に身を浸し、しばらくぼおっとしてたら日が暮れ始めてきた。
うっとり半開きにしてた視覚を前方に向けると、落陽に照らされた風景がまるで横たわる大きな葡萄の一房のよう、赤紫に染まる。
長旅の疲れが農作業の疲れに代わり、うつむいて眼を閉じるとどこからか鐘の音が響いてくる。
おおーっ、なんつーか、これって「ミレーの晩鐘」やぁーん!
彼が絵にしたかったのはこの感じなのだなぁ、とそう思った。
屋敷にもどったら晩餐。
晩餐...と呼べるような豪華な料理をその外見の暮らしぶりから勝手に想像してたんだけど、食事は意外に簡素なものだった。
パスタとサラダとパンにチーズ...
明後日、農場でワインの試飲会を開くのでその準備に追われているのか、久しぶりに合う従兄弟とその友人をもてなすものにしてはあっさりしていた。(横着な感想だけど...)
けど、献立がどうであれ食事は楽しかった。
妻はその子供同様、始終そわそわテーブルを出たり入ったりで、話すのはもっぱらパトリック、しかもそのほとんどがワインについてのものだったんだけど、これが面白かった。
彼は実にこの仕事が好きでたまらない様子で、おそらくはもう何百回も聞かれたであろう素人の質問にも、まるで初めてであるかのように答え、聞かぬことまで身ぶり手ぶりをまじえて熱っぽく語った。
聞きながら、「ああ、この男は幸か不幸かほんとうの”ワインばか”なのだな...」と思った。
いつだって頭の中はワインのことだけ、奥さんや子供のことは悲しいかな二の次だ。
そんな彼のワインはすばらしくうまかった。
ほんとうにうまかった。
うまかったが、初対面でもそれとわかる夫婦間のぎこちなさと、歳のこと差し引いても落ち着きのなさ過ぎる子供の有様を見るにつけ、彼のワインのうまさが、その家庭の不安定さ、によって醸し出されたものであるように思えた。
それでなんだか、自分だけおいしい思いをして悪い感じがした...
翌朝、若干二日酔いの頭でまだベッドの中にいると、クスクスっと笑いながら子供がぼくらが泊まってる部屋へ乱入してきた。
見知らぬ泊まり客に興奮したのか朝っぱらからテンション上がりまくってて、友人のベッドからぼくのベッドへと飛び移ってはしゃぎはじめる。
それを面白がって、よせばいいのに友人がはやしたてる。
と、何の拍子か、飛び上がったものの身体をひねり頭の方からダイビングするような格好でベッドの中にめりこんだ。
「わわーん!ひいいーっ...」狂ったように泣き始める。
どうも左腕をどうにかしたようだ、不自然に引きつらせている。
あわてて両親を呼びに行った。
パトリックは大股にやってくると息子を抱き上げ、なだめはじめた。
なだめながら「こいつよくやるんよ...この前も遊んでて足をひねっちゃってさ...」とぼくらに苦笑いをした。
それを隣で見てた妻が「何云ってんのよ、骨、折れてるかもしれないじゃない!」とヒステリックに叫んだ。
この朝、パトリックはラジオのローカル番組への出演がきまっていた。
明日のワインの試飲会を番組の中で宣伝するためだ。
それは決してはずせないので、子供は妻が最寄りの病院へ連れて行くことになった。
彼女はぐずんぐずん泣き止まぬ、4歳にしては大きな身体を抱きかかえると、まるでその痛手がぼくらのせいであるかのようにこちらには一瞥もくれず、キキキーっとタイヤ鳴らして出て行った。
それを見送ると「すまんなぁ...おれは準備したらラジオ局行かんといかんので朝ご飯はふたりで勝手に食べてくれ」とパトリックがいった。
食後にコーヒーを入れてると、風邪気味で鼻声になってるのを気にしながら彼がやってきた。
二口三口相伴すると、「ようし目一杯宣伝してくるぞーっ」と意気込んで出かけて行った。
さて、結局彼のインタヴューは放送されなかった。ローマ教皇が亡くなり、特番が組まれたからだ。
「随分当てにしてたんだけど、弱ったなあ...」とパトリックはちょっぴり顔を曇らせていた。
その晩はピザをとって食べた。
息子の左手は軽い脱臼で、夕食の時はすっかり復活、ピザをむしゃむしゃうまそうに食べていた。
妻はぼくらとあんまし話そうとしなかった。
さて翌日の試飲会は幸いよい天気に恵まれた。
それでも、人ちゃんと来てくれるんだろうかと心配だったが、昼過ぎに散歩から帰ってみると何十台もの車がとまっていたので安心した。
試飲会をやるということしか聞いておらず、集まったきた人たちにワインを飲んでもらうだけだと思っていたので中庭に出てみた時にはびっくりした。
大きなテーブルにはぎっしりといろんなオードブルが並べられている上、ボロンボロンパッパカパーとジャズバンドの演奏が催されていたからだ。
うわあ、こりゃあちょっとしたお祭り騒ぎだな...と思った。
見慣れたブリュッセルやパリの都会人らとは異なる、はしょって言えば”田舎の小金持”みたいな連中がワイン片手にあちこちで談笑している。
自分一人が唯一の黄色い東洋人だからか、やたらと視線を感じる。
「日本人はたくさんワイナリーを買収してるが、君たちほんとうにワインの味がわかるのかね?」とか話しかけられそうなので、できるだけ眼を合わせぬようオードブルに手をのばす。
と、グオオオオオ...ギュルンギュルン...ドギャギャギャギャ,,,
楽器の音とは違う、けたたましいエンジン音が耳にはいってきた。
見ると葡萄畑の方、ひとり乗りの四輪駆動のバギーが数台、畑の周りをまわってる。
個人的に、この四輪バギーとかジェットスキーとかが大嫌いだ。
でかい音たてて自然を傷つけてるという感じが強くしてしまう。
海泳いでるときジェットスキーが現れようもんなら、大きなサメになって体当たりしたくなるし、バギーなら、もぐらのバケモノになって土の中に引きずり込んでやりたくなる。
海は手で掻き、大地は足で蹴って進んでいくもんやろう、とその首根っこつかまえて凄みたくなる...
「ミレーの畑を...あのバギー野郎めがぁ...」
いわれない罵倒を心の中であびせつつあからさまに眉をひそめてると、それに気付いた友人がいった。
「こうじ、そんな顔すんなよ、あのバギーはパトリックが用意したものなんだ。最近こんな試飲会では人にたくさん来てもらうため、”葡萄畑をバギーで見学”というアトラクションが流行りなのさ。」
「いくら流行ったって、おれだったら、手塩にかけた自分の畑にあんな乗り物はいれないぜ!」
それを聞くなり、そう思わずつぶやいた。
「そりゃあお前、他人事だからそうも言える。あんなことまでしないとこの頃はお客がついてくれないんだ...」
友人がたしなめるようにいった。
南米やアフリカなどのワインに押され、彼のように小さな醸造業者の立場は日増しに苦しくなっているのだ。
投稿者 azisaka : 06:34
今日の絵(その40)
2012年06月04日
銀行でOLやってる蓑毛未来さん。
今んとこすこぶる健康で、さしてお金に不自由もなく、やさしい夫だっていて、誰が見ても幸せそう。
その人生に文句をつける筋合いなんてありません。
が、ある日仕事が終ってスーパーに並べられた厚揚げ豆腐、賞味期限の新しいやつとろうとして奥の方に手を伸ばしてるとき、ふとやりきれなくなってしまいました。
「このままこうして淡々と老いさらばえていくのかしら...」
と、そう思ったとたん、なんでか知らん、不思議なことに右目にものもらいができてしまいました。
上瞼に大きなやつで、まるでお岩さんみたいに腫れ上がってます。
「眼帯買ってつけなきゃ...」と薬局を目指す蓑毛さん。
が、その途中、「こういう機会に市販のやつではもったいない、自分で拵えよう」と思い立ちました。
それで、ハート型の眼帯を作りました。なかなか変です。
「これつけて明日いつものように銀行へ行き窓口に座ってたら、上司にきっと何か云われるだろう、咎められるかもしれない...」
「でも、そうしたら反抗しよう。許されぬのならば、とっとと銀行やめてしまおう...」
と、決意してる様子です。
(つうか、ドクロの刺青オッケーな銀行ならハートの眼帯も大丈夫やろう)
投稿者 azisaka : 05:46